新聞図解



新聞図解 N001

[新聞図解]絵入新聞 第十八号

不明 18×12

		
"ながしま
町(てう)にすむ
こびきしよ
くの松五郎と
いふ人のによう
ばうおきんハ
こまものやを
してほうぼうの
とくゐをあるく
ところがふだん
からおおざけ
のミでかひ
ぐひがすきで
ちつとの
まうけ
ぐらひでハ
おいつかない
ゆへていしゆに
かくして
ていしゆの
まつ五郎のなまへで
あちこちから
かねを
かりてつかふていたのが塵ちりつもつて
山ほどになりじぶんのちからでハ
おさまらなくなつてきてまつ五郎へめん
ぼくないとてかめじま丁の川へざぶりとやらかして
しにましたがことし三十二三ぐらひのわかざかりくひもののために
いのちをすてるとハいかに口がかわいいといつてあんまりつまら
ない
でハ
あり
ませ
ぬ
か "		

新聞図解 N002

[新聞図解]絵入新聞 第十九号

明治8年(1875)4月 18×12

		
"とんだまちがつたはなしがありました
此あひだしんしううへ田へ
ある官いんさまがゆきま
してやどやへおとまりに
なつてこてうにようが
あるからよんでくれ
ろと下女にいいつけて
まつてゐるとせうじ
をあけてふじんが
ふたりこん
ばんハあり
がとと
いつて
はいつて
きたればびつくりして
これハ
けしからぬ
戸長こてうを
よびに
やつた
のに
といい
けれバげいしやハ
わらひ
ながら
わたくしが小蝶こてうてありますよ "		

新聞図解 N003

[新聞図解]絵入新聞 第二十号

明治8年(1875)5月 18×12

		
"かな川
けんかたちバな
ごふりのかは
むらの吉五郎
の
おあきハ
十五六の花ざかりといふころ
なるにふしぎなやまひがあつておりおり
どこかへでかけて四五日づづかへらぬことが
あつてあるとききんじよのてらの杉(すぎ)のきへ
あがつてはなうたをうたひながら夜(よ)をあかした
こともありまたハ本どうの天ぜうの
上へあがつてねたりやぶの中へとまつたり
くそも小べんもたれながしでふらふらあそんで
あるくがまつたくてんぐにともだちが
あるのでもなくいろおとこのあるわけでもなく
かういふきめうなたちのびやうきだ
といふが
子どもの
うちからもかべつちをたべたりせんかう
けしずミなんどをくふのを
むしのせへだ
せへだといふが
此むすめの
むしの
せへにハふた
おやもれうじのしかたの
ないにこまりきつて
ゐるさうであります "		

新聞図解 N004

[新聞図解]絵入新聞 第二十五号(神奈川県下...)

不明 18×12

		
"神奈川県下程ヶ谷ざいの
かやばむらといふ野中に
こもづつミのちやばこが
ふたこりすててありしを
とふりかかりたる百せうが
これハまさしくよこはまの
こらしものならんと大ひに
よろこびなわをとひて
ミるとしたきりすず
めの重い
つづらの
やうに
中から
によ
きによき
と大小うち
まじりの
へびが一ツぱい
つめてあつたの
が出かけたるに
おどろきにげたり
大かた
とりためてすてたもので
わるいたづらをした
ものとミへる "		

新聞図解 N005

[新聞図解]絵入新聞 第二十五号(芝中門前...)

明治8年(1875)8月 18×12

		
"芝中門前中島藤五郎の娘おわかハ
人にすぐれてよききりやう
なるがすきやばし内の
あるかぞくへほうこうに
ゆき
二三
にち
たつ
と
ここの
きん
だちが
おわかの
ねまへ
しのびきて
まろのいふ
ことをきけば何なりと
かふてやるといへどなかなか
きかぬゆへ主人のことばを
そむくふとどきやつわがこころに
したがハねバしようがあると
いわれて
おわかハかけ
いだしやどへ引
とりうたれた
所のつよく
いためば此
ことすぐに
うつたえて
おさばきをまちける "		

新聞図解 N006

[新聞図解]平仮名絵入新聞 第十六号

不明 18×12

		
"五月十四日の夜(よ)しバ口二丁目
のあらものやはら三平
のいへにはいりし
どろぼう
あさ
ひなのはりこの
めんをかぶりこんのふろ
しきにておもてをつつミ
ぬきミをさげおさだまりの
もんくにて
かねをだせ
といふ女
房ふるへながら
云ふにたらぬ
かねを出すそれ
でさらにきも
のを出せといふハイハイト
たんすのひきだしより三四枚
いたす
をどろぼう
そのきも
のをつつ
まんと
刀をしたにおくとき
三平すかさず
刀をうばひ
とり
どろぼう
のかほに三刀
きりけるあさひなも
ワツトいつてたをれかけ
おまハりかけきたるをなか
まと思ひ切付をぼう
にてうけわれ廻り秀も
りなるぞといふに
心付わ
けを
届て
とうぼう致ス "		

新聞図解 N007

[新聞図解]平仮名絵入新聞 第十七号

明治8年(1875)5月 18×12

		
"坂東彦三郎ハ榊原
健吉とべつこんなる
ゆへしようぎたいの
はるのたつにつき
なにほどかきしん
しはかまいりを
してかへりがけ
さかきばらが
ひらきし
ゐさかやに
ていわしの
ぬたにてさけを
のミいろいろと
さうだんして
かへりけるのちさ
かきばらよりてい
かのしきしをあい
さつとしておくり
けるこれハあるこう
より下されし品
なるゆへけのふまで
大せつにせしが
おまへおくるとの
口上なりまことに
■かうしのたんいたミ
入とじゆのうしたり
きようけんのしく
ミにこのしきしの
ことにつき
いろいろと
かんくして
むすめをうる
やらはらを
きるやらし
たも彦三郎
のてに
あれハその
くもな
かるべし "		

新聞図解 N008

[新聞図解]読売新聞 第百号

不明 17.5×12

		
"浅草山谷ほり人力車ひき富五郎と
いふもののむすめおふぢあさ
くさたんぼへんに用たしに
ゆき夕かたうちへ
かへるときぶん
あしといふほどなく
むすめのからたへ石を
しきりとなぐるかない
のものにハすこしもあた
らずあたりてもいたくも
なし又さらはちに
あたりてもこわれず
これやふしぎといふ
うちむすめハ
むちうになり
いろいろと口
はしるこれハ
きつねの
つきしなる
かとしゆしゆ
きとうし
やう
やくおち
つきしとぞ "		

新聞図解 N009

[新聞図解]読売新聞 第百一号

不明 17.5×12

		
"武州秩
父郡三ツ
又村かぢ
やにて三
月ごろ四ツ
子をうミ
男三人女一人
あまりめづ
らしいとて
とりあげばば
ああわて
女の子を一人
ふミころし
たゆへじきに
めしとられ
たなれどまつ
たくそさう
と
いふ事
わかりこの
せつゆるされしと
なり四ツ子といふハめづらしき事也 "		

新聞図解 N010

[新聞図解]読売新聞 第百四号

不明 17.5×12

		
"千住
南組五番地に
人力ひきこの
おとこほうとう
ものにていへ
まづしく女房
かいにんにて
りん月
なれ
ども
なんの
とん
ぢやくも
なく
へいきゆへ女房
きをもミてあり
けるがある日うら
のゑの木にからすが
二羽きて一羽のからすハ
びやうきにや()やつれいる
をしんせつにせわする夫
を女房見てうちの人ハ
なぜはくじやうなると
なミだをなかして
その
はなしをすると
ていしゆも目か
さめてそれより
かせぎ出しさんのて
あてもできしゆび
よくあんざん
せしと
なり "		

新聞図解 N011

[新聞図解]読売新聞 第百九号

不明 17.5×12

		
"むかふじまうへ
はんといふ
れうり
屋へ
いまどへんの
なにかハさまとか
いふ華族くわぞくのごゐん
居(きよ)がきてお酒をのんていまし
たが此せきへでたおせんと
いふ女かほハさらなり
こころまでやさしきすが
たにさんごじゆの一寸あまりの
たまをつかハしきざけですこし
あてこんだがおせんハあいにくかたぎ
にてそんないやらしい事ハごめんください
茶屋ちやや女こそいたしてをれどこころまであな
たのごきげんはとりませんといふところ
さすが
あひけう
しやうばい
ゆへてい
よくご
いんきよ
はね
られ
まし
た"		

新聞図解 N012

[新聞図解]読売新聞 第百十三号

不明 17.5×12

		
"第十一大区三小区砂村荻新田二十八番地のかんべゑの
娘いとハことし三十四五にて久しいまへに徳川けの
臣田中の又けらい某へよめにまゐりそのご
一家(いつけ)がしづおかへ引うつりておいとも
するがにおりしがこどもらある中を
なにかしさいがあつて
かけだしそれぎりえんも
きらずにかんべゑのうちへ
かへつているうちきんじよの
田むら又次郎せがれ清太郎の
ところへよめにまゐりしがこの
おいとハふだんおとこずきゆへ
清太郎もすこしハきをもむことが
あつたが
是まで
ハ
べつにさハぎも
なくくらして
いたるに
先ごろ
ふと静
おか
よ
り
十七八の
せがれがかん
べゑのうちへ
たずねてまい
るとかんべゑの
方にてもお糸
をよびよせて
あわしたいと思へ
どもあらはに
よぶわけにも
ゆかぬゆへ外によう
事をこしらへてよび
よせてひさしぶりでの
おやこのたいめんはなしの
つきずおいとハ二三日おやの
内へとまりしが清太郎の方より
きうりのまきつけでいそがしい
からかへつてくれといふにお糸ハ
清太郎へもむすこの事をいひ
だすことハできず又清太郎の
内へかへれバむすことはなしも
ならずとびようきといつて
かへらぬゆへ清太郎ハへんに
思ひ五月二十四日
のよるかんべゑの
内へいつてミると
わかい男とはなしてゐるを
どうもようすがおかしいと思つたが
たしかにアノ男へとこころをうつしたに
さうひなしふとい女だ此いしを
かへさんとでばほう
てうをかひそのよお糸
の所へいたりものをも
いはずきりかかり
それ
といふ
まに
お糸ハ
はな
から
あごへかけてき
られおおさわぎと
なつてせい
太郎ハ
五月二十
七日に
をくら
れ
たと
いふ
是
ハ
せい
太郎が
たんき
の上
にふ
せん
さく
よりおこ
つたそふどうなれ
どお糸ハりえんにも
ならぬミでほかへ
よめいりをすると
いふミちがもりま
しやうかこれにつケ
てもおきてハたた
しくいたし
たいも
ので
あり
ます"		

新聞図解 N013

[新聞図解]読売新聞 第百十六号

明治8年(1875)8月 17.5×12

		
"中ばしのしばゐで千両のぼ
りの狂言てつがたけを
関三がつとめいな川を中むら
寿三郎がつとめ升が八丁ぼり
ミつ谷町のかざりやのぎんと
いふ男ハしばゐも
すまうもすきのミち
此きやうげんのてつがだけが
きにいり一せうけんめいにけん
ぶつしておりしがやがてイヤてつが
たけ日本一まけるなエライそと
むちうになつてかミいれやらおびに
たばこいれまでなげてやり
つゐにきものまでぬひで
やらんとするにそばより
モシモシおまハりさんが
見てお出なさるといハれて
やうやうこころづきそのごも
日々けんぶつしててつが嶽の
ひゐきしてきちがひの
やうであるといふ "		

新聞図解 N014

[新聞図解]読売新聞 第百十七号

不明 17.5×12

		
"先月のすへ
武州たま郡やり
ミづ村のわかい
しゆが大ぜい
あつまり
ナント兄イ
たちへびを
くつたら三円
だすべエだれか
くわねへかと
いふにそばなる
やみくも先生がおれ
くふべエと蛇をとらへてムシヤリムシヤリと
やらかすとすぐにはらがいたミ
だしからだが紫色になつて
九死一生のくるしミにあたりの
ものが大におどろきゐしやよ
さわげともしるしのなきに
とてもれうじがとどかずハなめくじを
のませろと夫よりせど口などをさがして
なめくじをとらへてのませるとだんだんに
くるしミが
うすくなり此せつハ
おいおい
に
こころ
よく
なり
まし
た "		

新聞図解 N015

[新聞図解]読売新聞 第百十八号

不明 17.5×12

		
"さくら田
ふじ見丁の
くろせ
うめ吉と
いふ人の
むすこ
ぢう
吉
ハ
ことし
六つに
なりますが
五月二十九日にあたごやまへのぼり
おとこざかのなかほどよりころげ
をちておほけがをしたれどとりあへず
ふじミ丁九ばんちの林といふ人がきう
めいぐわんをのませてやうやく
こころづきおひおひきずもなほる
やうすでありますがまのいどながら
おやがつねづね心を用ひ
ねバとんだ事ができ升"		

新聞図解 N016

[新聞図解]読売新聞 第百十八号

不明 17.5×12

		
"南品川宿五丁目百五十ばん地の
田中市五郎といふふなのりハ
ふうふぐらしやせじよたい
市五郎は去年の二月ごろ
女ほうに
しさい
も
はな
さず
いへでをなし
さらにたよ
りのなきまま
にあさゆうの
けむりさへも
たちかねてせん
かたなく二どめのていしゆをもち
おりしが市五郎五月二十三日家にかへ
るにしらぬ男がいるゆへにひとめ
ミるより立ふくしだれがゆるしててい
しゆをもらつたときいて二どめのていしゆハ
かけだし市五郎ハ女ぼうのくちへ
てぬぐひはませ
よわる
所を
女ぼうの
まいへだい
こんおし
こミ
ふんだり
けたり
市五郎ハ
にげだす
所を
めし
とら
れ
まし
た "		

新聞図解 N017

[新聞図解]読売新聞 第百十九号

不明 17.5×12

		
"向じまあきはの
社内にあるれうりやに
ゐる鉄五郎といふ
ものハ浅くさひろかうじの
万年屋にゐた
ころおなミと
いふ女とわるい
事をして
両にんとも
いと
まに
なり
おな
ミハやどへさがり
さんハしたれどたつきに
せまり赤子をさとに
やりたいと人をもて鉄五郎に
いひやれバせうちしてつれてハ
ゆけどもさとぶちのあてなく
わが子をバ道でしめころし
きんじよ
の人にいふやうハ
此子ハきうにふと
ころでしんだとうまく
いひなして寺へほうむり
しらぬかほなるその所へ
天のばつにてめしとられました "		

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