郵便報知新聞



郵便報知新聞 N001

郵便報知新聞 第四百二十五号

明治8年(1875)2月 37×25

		
"琉球紬(りうきうつむぎ)に繻子(しゆす)の帯(おび)唐人髷(とうじんまげ)も眼(め)
立(だた)ねど眼波(めのうち)清(すず)しく膚皓(いろしろ)く那処(どこ)やら
儼(きつ)とした姿容(すがた)橋本(はしもと)町に来(き)かかりしが
何許(いづこ)の酒店(さかや)の茶靡漉(どぶろく)に酔(ゑひ)たりけん
踉蹌(ひよろひよろ)として来(く)る男あり出会頭(であひがしら)に撞(つき)
突(あた)り美人(びじん)に眼(め)の無(な)き酔漢(ゑいどれ)が溌婦(うぬ)
何(なに)すると胸前(むなぐら)とつて振廻(ふりまわ)すを那(かの)女子(をなご)ハ
一笑(いつしやう)しその手をとらへて捻返(ねじかへ)しぐつと
領首(くびすぢ)牽絞(ひきしめ)しに忽(たちまち)特地(そこ)に 暈 絶(こんぜつ・メヲマワス) せしかバ
早足(さそく)をあげて丁(てう)と蹴(け)るけられて
漢子(をとこ)ハ翻筋(とんぼ)計(がえ)りしバしハ起(おき)も得(え)ざ
りしとなり是(これ)此(この)女子(をなご)ハ何(なに)ものぞ
撃剣会(げきけんくわい)に名を得(え)たる宮本(ミやもと)花(はな)子
といふ女とぞ
亀州漁人記 "		

郵便報知新聞 N002

郵便報知新聞 第四百四十七号

明治8年(1875)2月 37×25

		
"ころも葉月(はづき)の最中(もなか)なる美濃(ミの)
の国(くに)多勢(たせ)郡(こほり)大野村の農夫(のうふ)
大橋(おおはし)才治(さいじ)が妻(つま)とくハ二十才を
踰(こえ)て六ツなるか二人りが中に
儲(もう)けたる三人の男児(をのこ)を出産(うミいだ)
せり母子つつがなく豆(まめ)やかに
月宮(つき)に授(さづ)かる玉兎(たまうさぎ) 数(かづ)もそろふて
初栗(はつくり)の熟柿(じゆくし)のいろも美(うる)ハし
く妹背(いもせ)かハらぬ菊(きく)もみぢ
てふよ花(はな)よとおやこころ
栄盛(さかへ)る御代(ミよ)の子(こ)だからや
黄金(こかね)五(いつ)ひらたまはりしは
実(げ)に難有(ありがた)き事ならずや
二周奥子誌
立(だた)ねど眼波(めのうち)清(すず)しく膚皓(いろしろ)く那処(どこ)やら
儼(きつ)とした姿容(すがた)橋本(はしもと)町に来(き)かかりしが
何許(いづこ)の酒店(さかや)の茶靡漉(どぶろく)に酔(ゑひ)たりけん
踉蹌(ひよろひよろ)として来(く)る男あり出会頭(であひがしら)に撞(つき)
突(あた)り美人(びじん)に眼(め)の無(な)き酔漢(ゑいどれ)が溌婦(うぬ)
何(なに)すると胸前(むなぐら)とつて振廻(ふりまわ)すを那(かの)女子(をなご)ハ
一笑(いつしやう)しその手をとらへて捻返(ねじかへ)しぐつと
領首(くびすぢ)牽絞(ひきしめ)しに忽(たちまち)特地(そこ)に 暈 絶(こんぜつ・メヲマワス) せしかバ
早足(さそく)をあげて丁(てう)と蹴(け)るけられて
漢子(をとこ)ハ翻筋(とんぼ)計(がえ)りしバしハ起(おき)も得(え)ざ
りしとなり是(これ)此(この)女子(をなご)ハ何(なに)ものぞ
撃剣会(げきけんくわい)に名を得(え)たる宮本(ミやもと)花(はな)子
といふ女とぞ
亀州漁人記 "		

郵便報知新聞 N003

郵便報知新聞 第四百四十九号

明治8年(1875)2月 36×24

		
"枯樹(かれき)に再(ふたた)び花(はな)咲(さく)ハ彼(かの)開花翁(はなさきぢぢい)が
伎倆(きりやう)に出(い)でたる昔語(むかしがた)りに伝(つた)ふ
を聞(き)く而己(のミ)爰(ここ)に渡島(をしま)の福山(ふくやま)
なる杉原(すぎはら)美農(ミの)と云(い)へるハ挿花(さしばな)を
以(も)て娯楽(たのしミ)とせり西京池(せいきやういけ)の坊(ばう)四
十二世専正坊(せんしやうばう)の門(もん)にあそびて
功手(こうしゆ)に妙(めう)を得(え)たりとぞ去ル弥生(やよひ)
五日にや活(いけ)たる梅(うめ)の花乃后(のち)其(その)枝々(えだえだ)
に実(ミ)を結(むす)び漸熟(ややじゆく)せしとハ愛度(めでた)
けれ師翁(しおう) 仄(ほのか)に聞知(ぶんち)せるより
前号(ぜんごう)の寉岡(つるをか)とよべるに因(ちな)ミて
一首(しゆ)を詠(よミ)て賜(たまハ)りしとぞ
鶴岡は仙人(やまびと)の住む宿なれや
千世のみのりのうめの梅がえ
木偶道人誌 
の国(くに)多勢(たせ)郡(こほり)大野村の農夫(のうふ)
大橋(おおはし)才治(さいじ)が妻(つま)とくハ二十才を
踰(こえ)て六ツなるか二人りが中に
儲(もう)けたる三人の男児(をのこ)を出産(うミいだ)
せり母子つつがなく豆(まめ)やかに
月宮(つき)に授(さづ)かる玉兎(たまうさぎ) 数(かづ)もそろふて
初栗(はつくり)の熟柿(じゆくし)のいろも美(うる)ハし
く妹背(いもせ)かハらぬ菊(きく)もみぢ
てふよ花(はな)よとおやこころ
栄盛(さかへ)る御代(ミよ)の子(こ)だからや
黄金(こかね)五(いつ)ひらたまはりしは
実(げ)に難有(ありがた)き事ならずや
二周奥子誌
立(だた)ねど眼波(めのうち)清(すず)しく膚皓(いろしろ)く那処(どこ)やら
儼(きつ)とした姿容(すがた)橋本(はしもと)町に来(き)かかりしが
何許(いづこ)の酒店(さかや)の茶靡漉(どぶろく)に酔(ゑひ)たりけん
踉蹌(ひよろひよろ)として来(く)る男あり出会頭(であひがしら)に撞(つき)
突(あた)り美人(びじん)に眼(め)の無(な)き酔漢(ゑいどれ)が溌婦(うぬ)
何(なに)すると胸前(むなぐら)とつて振廻(ふりまわ)すを那(かの)女子(をなご)ハ
一笑(いつしやう)しその手をとらへて捻返(ねじかへ)しぐつと
領首(くびすぢ)牽絞(ひきしめ)しに忽(たちまち)特地(そこ)に 暈 絶(こんぜつ・メヲマワス) せしかバ
早足(さそく)をあげて丁(てう)と蹴(け)るけられて
漢子(をとこ)ハ翻筋(とんぼ)計(がえ)りしバしハ起(おき)も得(え)ざ
りしとなり是(これ)此(この)女子(をなご)ハ何(なに)ものぞ
撃剣会(げきけんくわい)に名を得(え)たる宮本(ミやもと)花(はな)子
といふ女とぞ
亀州漁人記 "		

郵便報知新聞 N004

郵便報知新聞 第四百六十三号

不明 36×24

		
"誠(まこと)の心(こころ)ハ赤阪(あかさか)の溜池(ためいけ)に拆(さ)く蓮花(はちすばな) 濁(にこり)に染(しま)ぬ
芸妓(げいしや)の梅吉(うめきち)其色(そのいろ)と香(か)に溺(おぼ)れたる中島(なかじま)精(せい)
美(び)が学(まな)びの道(ミち)も何(いつ)しか疎(うと)く且夕(あさゆふ)に色(いろ)と酒(さけ)と
に心を奪(うば)ハれ漫々地(う かう か)おくる日と月に双親(ふたおや)の嘆(なげ)き
大方(おほかた)ならずと聴(きき)て愕然(おどろく)梅吉ハ好男子(お と こ)にむかひ
君(きミ)青年(としはか)にましますに英仏独魯(ゑいふつとくろ)の学問(がくもん)に
心を留(とど)めたまひなバ世(よ)にも稀(まれ)なる博士(はかせ)と云(いハ)れたまふ
異質(うまれ)なるに賎妾(わらハ)が如き者(もの)に心を惑(まどハ)したまへるか
最情(いとなさけ)なしと怨(えん)ぜしに男ハ彼(かれ)が赤心(まこころ)に感服(かんふく)し
心を革(あらた)め学(まなび)の道(ミち)に進(すす)ミしかバ梅吉ハ云(い)ふかひ
ありと喜(よろこ)びて己(おのれ)が細(ほそ)き絲(いと)竹(たけ)の生活(なりわひ)以(も)て
燈火(ともし)の価(あたへ)を資(たすけ)しかバ男ハ 益(ますます) 感激(かんげき)し浮(うき)
たる心替換(ひきかへ)て読書(がくもん)をのミ勉励(はげミ)しとぞ
此(こ)は明治七年夏(なつ)とかききぬ
松林伯円記 
伎倆(きりやう)に出(い)でたる昔語(むかしがた)りに伝(つた)ふ
を聞(き)く而己(のミ)爰(ここ)に渡島(をしま)の福山(ふくやま)
なる杉原(すぎはら)美農(ミの)と云(い)へるハ挿花(さしばな)を
以(も)て娯楽(たのしミ)とせり西京池(せいきやういけ)の坊(ばう)四
十二世専正坊(せんしやうばう)の門(もん)にあそびて
功手(こうしゆ)に妙(めう)を得(え)たりとぞ去ル弥生(やよひ)
五日にや活(いけ)たる梅(うめ)の花乃后(のち)其(その)枝々(えだえだ)
に実(ミ)を結(むす)び漸熟(ややじゆく)せしとハ愛度(めでた)
けれ師翁(しおう) 仄(ほのか)に聞知(ぶんち)せるより
前号(ぜんごう)の寉岡(つるをか)とよべるに因(ちな)ミて
一首(しゆ)を詠(よミ)て賜(たまハ)りしとぞ
鶴岡は仙人(やまびと)の住む宿なれや
千世のみのりのうめの梅がえ
木偶道人誌 
の国(くに)多勢(たせ)郡(こほり)大野村の農夫(のうふ)
大橋(おおはし)才治(さいじ)が妻(つま)とくハ二十才を
踰(こえ)て六ツなるか二人りが中に
儲(もう)けたる三人の男児(をのこ)を出産(うミいだ)
せり母子つつがなく豆(まめ)やかに
月宮(つき)に授(さづ)かる玉兎(たまうさぎ) 数(かづ)もそろふて
初栗(はつくり)の熟柿(じゆくし)のいろも美(うる)ハし
く妹背(いもせ)かハらぬ菊(きく)もみぢ
てふよ花(はな)よとおやこころ
栄盛(さかへ)る御代(ミよ)の子(こ)だからや
黄金(こかね)五(いつ)ひらたまはりしは
実(げ)に難有(ありがた)き事ならずや
二周奥子誌
立(だた)ねど眼波(めのうち)清(すず)しく膚皓(いろしろ)く那処(どこ)やら
儼(きつ)とした姿容(すがた)橋本(はしもと)町に来(き)かかりしが
何許(いづこ)の酒店(さかや)の茶靡漉(どぶろく)に酔(ゑひ)たりけん
踉蹌(ひよろひよろ)として来(く)る男あり出会頭(であひがしら)に撞(つき)
突(あた)り美人(びじん)に眼(め)の無(な)き酔漢(ゑいどれ)が溌婦(うぬ)
何(なに)すると胸前(むなぐら)とつて振廻(ふりまわ)すを那(かの)女子(をなご)ハ
一笑(いつしやう)しその手をとらへて捻返(ねじかへ)しぐつと
領首(くびすぢ)牽絞(ひきしめ)しに忽(たちまち)特地(そこ)に 暈 絶(こんぜつ・メヲマワス) せしかバ
早足(さそく)をあげて丁(てう)と蹴(け)るけられて
漢子(をとこ)ハ翻筋(とんぼ)計(がえ)りしバしハ起(おき)も得(え)ざ
りしとなり是(これ)此(この)女子(をなご)ハ何(なに)ものぞ
撃剣会(げきけんくわい)に名を得(え)たる宮本(ミやもと)花(はな)子
といふ女とぞ
亀州漁人記 "		

郵便報知新聞 N005

郵便報知新聞 第四百八十一号

明治8年(1875)2月 37×25

		
"深川(ふかかハ)の唄妓(うたひめ)小三ハ井上(のうえ)文雄翁(ふミをうし)の弟子(をしえご)にて
歌(うた)も達吟(たつぎん)手迹(しゆせき)も美事(ミごと)なりけれバ大に時(とき)に
誉(ほまれ)ありし其妹(いもと)のおいろも姉(あね)に続(つづき)て此(この)二芸(げい)
を能(よ)くする上に心(こころ)ざまやさしく正(ただ)しけれバすゑ
掛(かけ)て頼(たの)む男の外(ほか)更(さら)に移(うつ)せる香(か)をだにせ
ざりしを或(あ)る時(とき)去(さ)る大家(たいけ)の隠居(いんきよ)の骸(からだ)も
歌(うた)も腰折(こしをれ)なるが人目(ひとめ)を忍(しの)びて一葉(えふ)の短冊(たんざく)
をいろが袂(たもと)に入(い)けれバ何(なに)やらんと見てけるに
 ますらをが命(いのち)にかけて思(おも)ふかな
 君(きミ)がひとよの露(つゆ)のなさけに
とありしかバいろハ呆(あき)れ果(はて)たりしが年寄(としより)
に赤愧(あかはぢ)かかせんもさすがに思(おも)ひその端(はし)に
一枝(いつしの)梨花(りくわ)壓 二 海 棠(かいだうをあつす) 一 余所(よそ)の見る目(め)も
いかならんと認(したた)めて戻(もど)せしとそ
松林伯円記"		

郵便報知新聞 N006

郵便報知新聞 第八百九十一号

明治8年(1875)4月 37.5×25

		
"神(かな)奈川(がハ)県下(けんか)武州(ぶしう)橘樹郡(きつじゆごほり) 菅生村(すがふむら)の農(のう)
太田(おおた)八右エ門が実子(じつし)房(ふさ)次郎ハ徴兵(ちやうへい)の
令(れい)に応(おう)じ欣然(きんぜん)として勇(いさ)ミ喜(よろこ)びしかバ
父(ちち)ハ大に感(かん)じ別(わか)れるに臨(のぞ)ミ自(ミづ)から其(その)
小指(こゆび)を切(き)りて房次郎に与(あた)へ之(これ)を以(もつ)
て汝(なんぢ)に鼻向(はなむけ)すれバ汝(なんぢ)今より国(くに)の
為(ため)に死(し)を決(けつ)し再(ふたた)び家(いへ)を顧(かへりミ)る勿(なか)れ
と云(いい)たるに房(ふさ)次郎もやがて同じく
小指(こゆひ)を切(きり)父(ちち)に捧(ささげ)て謹(つつしん)で御教訓(ごきやうくん)を
守(まも)り死(し)を決(けつ)して家(いへ)を出(いづ)れバ幸(さいわひ)ニ
心(こころ)を労(らう)じたまふべからず聊(いささ)か之(これ)を留(とどめ)
て片身(かたミ)といたすなりとて威風(ゐふう)凛々(りんりん)
四方(あたり)を払(はらつ)て出行(いでゆき)しハ目(め)ざましかりし
ありさまなり
三叉老漁記
芸妓(げいしや)の梅吉(うめきち)其色(そのいろ)と香(か)に溺(おぼ)れたる中島(なかじま)精(せい)
美(び)が学(まな)びの道(ミち)も何(いつ)しか疎(うと)く且夕(あさゆふ)に色(いろ)と酒(さけ)と
に心を奪(うば)ハれ漫々地(う かう か)おくる日と月に双親(ふたおや)の嘆(なげ)き
大方(おほかた)ならずと聴(きき)て愕然(おどろく)梅吉ハ好男子(お と こ)にむかひ
君(きミ)青年(としはか)にましますに英仏独魯(ゑいふつとくろ)の学問(がくもん)に
心を留(とど)めたまひなバ世(よ)にも稀(まれ)なる博士(はかせ)と云(いハ)れたまふ
異質(うまれ)なるに賎妾(わらハ)が如き者(もの)に心を惑(まどハ)したまへるか
最情(いとなさけ)なしと怨(えん)ぜしに男ハ彼(かれ)が赤心(まこころ)に感服(かんふく)し
心を革(あらた)め学(まなび)の道(ミち)に進(すす)ミしかバ梅吉ハ云(い)ふかひ
ありと喜(よろこ)びて己(おのれ)が細(ほそ)き絲(いと)竹(たけ)の生活(なりわひ)以(も)て
燈火(ともし)の価(あたへ)を資(たすけ)しかバ男ハ 益(ますます) 感激(かんげき)し浮(うき)
たる心替換(ひきかへ)て読書(がくもん)をのミ勉励(はげミ)しとぞ
此(こ)は明治七年夏(なつ)とかききぬ
松林伯円記 
伎倆(きりやう)に出(い)でたる昔語(むかしがた)りに伝(つた)ふ
を聞(き)く而己(のミ)爰(ここ)に渡島(をしま)の福山(ふくやま)
なる杉原(すぎはら)美農(ミの)と云(い)へるハ挿花(さしばな)を
以(も)て娯楽(たのしミ)とせり西京池(せいきやういけ)の坊(ばう)四
十二世専正坊(せんしやうばう)の門(もん)にあそびて
功手(こうしゆ)に妙(めう)を得(え)たりとぞ去ル弥生(やよひ)
深川(ふかかハ)の唄妓(うたひめ)小三ハ井上(のうえ)文雄翁(ふミをうし)の弟子(をしえご)にて
歌(うた)も達吟(たつぎん)手迹(しゆせき)も美事(ミごと)なりけれバ大に時(とき)に
誉(ほまれ)ありし其妹(いもと)のおいろも姉(あね)に続(つづき)て此(この)二芸(げい)
を能(よ)くする上に心(こころ)ざまやさしく正(ただ)しけれバすゑ
掛(かけ)て頼(たの)む男の外(ほか)更(さら)に移(うつ)せる香(か)をだにせ
ざりしを或(あ)る時(とき)去(さ)る大家(たいけ)の隠居(いんきよ)の骸(からだ)も
歌(うた)も腰折(こしをれ)なるが人目(ひとめ)を忍(しの)びて一葉(えふ)の短冊(たんざく)
をいろが袂(たもと)に入(い)けれバ何(なに)やらんと見てけるに
 ますらをが命(いのち)にかけて思(おも)ふかな
 君(きミ)がひとよの露(つゆ)のなさけに
とありしかバいろハ呆(あき)れ果(はて)たりしが年寄(としより)
に赤愧(あかはぢ)かかせんもさすがに思(おも)ひその端(はし)に
一枝(いつしの)梨花(りくわ)壓 二 海 棠(かいだうをあつす) 一 余所(よそ)の見る目(め)も
いかならんと認(したた)めて戻(もど)せしとそ
松林伯円記 "		

郵便報知新聞 N007

郵便報知新聞 第五百一号

明治8年(1875)8月 37×25

		
"陸前国(りくぜんのくに)気仙郡(きせんごほり) 高田村(たかたむら)のお才(さい)お松(まつ)の
姉妹(きやうだい)ハ幼(をさな)くして両親(りやうしん)を失(うしなひ) 祖母(そぼ)が手許(てもと)に あれど其家(そのいへ)貧(まづ)しけれバ両人(りやうにん)申合(あハ)せ共(とも)ニ
塩(しほ)がまの遊女屋(ゆうぢよや)田中方(たなかかた)に身(ミ)を任(まか)せ居(ゐ)た
りしが明治四年東京(とうけい)の商(しやう)白石(しらいし) 某(それがし)しほ
がまに逗留中(とうりうちう)悪漢(わるもの)に誘(すす)められ一度(ひとたび)博(ばく)
奕(えき)に携(たづさ)ハると忽(たちま)ち負(まけ)て幾多(あまた)の借財(しやくざい)と
なりしより悪者共(わるものども)ハこれを赤裸(あかはだか)にして
猶罵(なほののし)るものからお才(さひ)ハ見(ミ)かね己(おの)が年季(ねんき)
を書入(かきいれ)金子(きんす)を才覚(さいかく)して白石(しらいし)が借(かり)をかへ
し路用迄(ろようまで)与(あた)へしかバ白石ハ大(おほひ)によろこび
礼(れい)を述(のべ)て帰京(ききやう)の后(のち)再(ふたた)び塩竃(しほがま)に到(いた)り
お才を請出(うけいだ)して其家(そのいへ)へ送(おく)り帰(かへ)せし
とぞ一且(いつたん)恩(おん)を受(うけ)能(よ)く忘却(ばうきやく)せざるハ
称(しよう)すべきの人々(ひとびと)なり"		

郵便報知新聞 N008

郵便報知新聞 第五百八号

明治8年(1875)3月 37×25

		
"播州(ばんしう)佐用郡(さよこほり) 大坪村(おほつほむら)の保長(をさ)堀坂(ほりさか)左兵エ(さへゑ)が
妻(つま)一子を生(う)めり初(はじ)め誕(うま)れし時(とき)遍体皺(ミのうちし)
紋(わ)ありて古紙(ふるかミ)にて包(つつ)裏ミし如(ごと)くなりしが漸(しだい)
に世気(くうき)を受(うけ)るに従(したが)ひ件(くだん)の皺(しわ)伸(の)び広(ひろ)がつて
八九日に及(およ)び驚(おどろく)べき長大(ちやうだい)な小児(せうに)となりぬ
四五歳に至(いた)りて力量(ちから)抜群(ばつくん)にして四斗(と)俵(へう)を
玩弄(もてあそび)とす父母(ちちはは)他(た)に用事(ようじ)ありて出行(いでゆく)くに
児(こ)が帯(おび)を五斗(と)俵(べう)に結付(ゆひつけ)置(おき)しが立帰(たちかへ)りて
見(ミ)るに小児(せうに)家(いへ)に在(あ)らす那許(いづこ)に行(ゆき)しと
探(さが)し不見(もとむ)れバ帯(おび)を俵(たハら)に結付(ゆひつけ)し侭戸(ままと)の
外(そと)に走(はし)り出(いで)て戯(たわむ)れ居(ゐ)たりしとぞ明治
七年十一月六歳(さい)二ケ月にて大坂相(す)
撲(まひ)頭取(とうどり)高崎(たかさき)要左エ門(ゑうざへもん)に貫(もら)ハれて名(な)を
五大力(ごだひりき)茂市(もいちと) 号(なづく) 身丈(ミのたけ)四尺五寸量(りやう)四十六貫
五百目有(あり)といふ 亀洲漁人記"		

郵便報知新聞 N009

郵便報知新聞 第五百二十五号

不明 37×25

		
"新潟(にひがた)の獄(ごく)に啓助(けいすけ)由蔵(よしざう)と云(い)ふ両個(ふたり)の悪(わる)
漢(もの)ありしが共(とも)に破牢(ろうやぶり)せんと約束(やくそく)したるうち
由蔵ハ懲役(ちやうえき)なれバ六十日にて出牢(しゆつらう)せしが
或夜(あるよ)風雨(ふうう)に乗(じやう)じ紛(まぎ)れこミ長き棒(ぼう)の
先(さき)に鋸(のこぎり)と出刃包丁を結(ゆひ)付之(これ)に便(たより)て
塀堀(ほりへい)を乗(のり)こへ獄(ごく)に近(ちかづ)き格子(かうし)の内へ件(くだん)の
品を差(さし)入声(こゑ)を潜(ひそめ)し我等(われら)ハ寺(てら)町通真(しん)
宗寺(じ)の縁(えん)の下に忍(しの)び居(を)れバ速(すミやか)にいで
来(きた)りて尋(たづね)よと云(いひ)て去(さ)れり然(しか)るに此日
啓助か様子(やうす)怪(あや)しと目を付別人(べつしん)を入
替(かへ)おきたるにぞ早速(さつそく)奸謀(かんぼう)発覚(あらハれ)て其
夜一個(ひとり)を罪(ざい)人体(てい)ニ仕立彼処(かしこ)に遣(つかハ)し偽(いつハつ)て
由蔵を釣立(つりいだ)し忽(たちま)ち縄(なハ)をうけたりける悪(あく)
物(ぶつ)巧(たく)ミに計(はか)ると 雖(いへども) 終(つひ)に獄吏(ごくり)に計られ
たり
松林伯円記"		

郵便報知新聞 N010

郵便報知新聞 第五百二十七号

明治8年(1875)8月 36×23

		
"人(ひと)にハ其(その)程々(ほどほど)あるものと見(ミ)え孤(きつね)に化(ば)か
されさうな人(ひと)が丁度(てうど)化(ばか)され幽霊(ゆうれい)に
出逢(であひ)さうな人(ひと)が出逢(であ)ふ者(もの)にて渡会県(わたらへけん)
伊勢(いせ)の国(くに)山田(やまだ)田中(たなか)の中世古村(なかせこむら)の何某(なにがし)ハ
妻(つま)もあり子(こ)もありながら遊里(ゆうり)通(がよ)ひ
のみしてありしにつまハ病(やま)ひに臥(ふし)
て久敷(ひさしく)枕(まくら)もあがらず月(つき)を経(へ)て死(し)に
至(いた)りしかども深(ふか)くも傷(いた)まで乳母(うば)を雇(やと)
ひて我子(わがこ)を養(やしな)ひ居(ゐ)しに乳(ちち)の足(た)らで
日(ひ)に日に痩行(やせゆく)を見(ミ)て始(はじめ)て凶妻(ぼうさい)のあり
なバ斯(かく)ハあらじ杯(など)思(おも)ひつつ寝(ね)たる夜半(やはん)
に凶妻(なきつま)の枕辺(まくらべ)に来(きた)り怨(うら)の数々(かずず)言立(いひたて)
泣入子(なきいるこ)を抱取(だきとり)乳房(ちふさ)含(ふくま)せけるに驚(おどろ)
き思(おも)ハず阿(あ)と一声(ひとこゑ)喚(さけ)びたるに姿(すがた)ハ消(きへ)て
只(ただ)あんどうのかげほのくらくありし。"		

郵便報知新聞 N011

郵便報知新聞 第五百五十一号

明治8年(1875)8月 37×25

		
"大坂(おほさか)船越町(ふなこしまち)に骨接(ほねつき)を業(げふ)とする松本(まつもと)
あいと呼(よ)ぶ婦人(ふじん)あり年(とし)猶(なほ)二十六才なるが
日頃(ひごろ)より柔術(やハら)にも長(たけ)たりしが其(その)妍(かほ)よ
きを以(も)て人(ひと)其(その)勇(ゆう)を知(し)るものなし近(ちか)き
頃(ころ)隣家(りんか)の娘(むすめ)を連(つ)れて長柄川(ながらがハ)の
堤(つつミ)を過(よぎ)りしに川風(かハかぜ)寒(さむ)きかハたれ
時(とき)四人の 荒男(あらをとこ) 躍(をど)り出(い)でおあいと
隣(となり)の娘(むすめ)とを両人(りやうにん)づつにて取(とり)おさへ
強淫(がういん)なさんと為(な)せしかバおあいは
大(おほい)に怒(いか)りつつ組付(くミつい)たる一人を水中(すゐちう)
投(なげ)こミ又一人を撞(つき)とかし隣(となり)の娘(むすめ)を押(おし)
臥(ふせ)て上(うへ)へまたがる一人の領髪(ゑりがミ)とつて
捻倒(ねぢたを)し拳(こぶし)を堅(かた)めて一人の眼(まなこ)の辺(あたり)を
打(うち)けれバ何(いづ)れも恐(おそ)れ逃(にげ)散(ちつ)たり
三遊亭円朝誌"		

郵便報知新聞 N012

郵便報知新聞 第五百六十六号

明治8年(1875)4月 37×25

		
"宮城県(ミやぎけん)黒川郡(くろかハごほり) 大柿村(おほがきむら)の農(のう)豊島(としま)友蔵(ともざう)が
妻(つま)とミよハ貞実(ていじつ)にして身(ミ)の行(おこなひ) 宜敷(よろしき)とて御褒(ごほう)
美(び)御賞詞(ごほうしやう)を得(え)たる仔細(しさい)ハ十年(ねん)前(まへ)より夫(をつと)
友蔵(ともざう)悪疾(あくしつ)にて醜穢(しうくわい)に至(いた)りしを年若(としわか)き身(ミ)
を以(もつ)て忌嫌(いミきら)ハず医薬(いやく)手当(てあて)より神仏(じんぶつ)信(しん)
心(じん)迄(まで)心(こころ)を尽(つく)せしに親(しん)るゐハかかる癲病者(らいびやうしや)
の妻(つま)と為(な)り居(ゐ)てハ一家(いつけ)の外聞(ぐわいぶん)あしけれバ
離縁(りえん)して戻(もと)るべしと再三(さいさん)勧(すす)めたるを聞入(ききい)ず
薄命(はくめい)の夫(をつと)を見捨(ミすて)て暇(いとま)を請(こ)ふハ人情(にんじやう)に
非(あら)ず縦(たと)ひ親類(しんるゐ)の交(まじハり)を絶(たつ)とも女の道(ミち)ハ立(たて)
通(とほ)さんと弥々(いよいよ) 心(こころ)を尽(つく)しけれども近頃(ちかごろ)ハ両眼(りやうがん)
潰(つぶ)れ全身(ぜんしん)腐爛(ふらん)し臭(くさ)き膿(うミ)を流(なが)シ目(め)も当(あて)
られず成行(なりゆく)を看病(かんびやう) 懈(おこた)らず其身(そのミ)ハ襤楼(つづれ)を
衣(き)ると雖(いへど)も能(よ)く稼(かせ)ぎ夫(おつと)並(ならび)に一子(いつし)にハ時々(ときどき)
相応(さうおう)の服(ふく)を着(き)せおくにぞ区(く)長(ちう)此由(このよし) 申(まうし) 立(たて)たり"		

郵便報知新聞 N013

郵便報知新聞 第五百八十九号(本郷春木町...)

明治8年(1875)4月 37×25

		
"本郷(ほんごう)春木(はるき)町なる経師(きやうじ)屋安次郎ハ養女(やうぢよ)しんに
同職(どうしよく)喜三郎といへる者(もの)を聟(むこ)にとり老行末(おいゆくすゑ)を
楽(たのし)ミしが此喜三郎ハ生得(うまれつき) 慳貪(けんどん)にして常(つね)に舅(しうと)
姑(しうとめ)の意(い)に忤(さから)ひ妻(つま)しんとも朝夕(あさゆふ)喧嘩(けんくわ)のミし
けれバ拠(よんどころ)なく十円の手切(てきれ)金(きん)を遺(つかハ)し荷(に)
物(もつ)残(のこ)らず引(ひき)わたして其家(そのいへ)を出(いだ)せしに喜三良
ハ未煉(ミれん)にもしん女に執心(しうしん)をのこし二月十二日の
夜(よ)其家(そのいへ)の寝静(ねしづまりし)を窺(うかが)ひ忍び入(いつ)て用意(ようい)の
九寸五分を以(も)て仰向(あふむけ)に臥(ふし)たるしんが口中(こうちう)
より領(えり)へグサと刺(さし)透(とほ)せしかバ阿(あつ)と下声(こゑ)
叫(さけ)びもあへず其(その)侭(まま)息(いき)ハ絶(たえ)たるが此(この)物音(ものおと)
に目醒(めさめ)る老父(らうふ) (はね)起(おき)さまに曲者(くせもの)と引組(ひつくん)で
押伏(おしふせ)せたる間(ま)に妻(つま)も声(こゑ)揚(あげ)呼(よば)ハりしかバ
巡査(じゆんさ)も速(とミ)に駈(かけ)来(きた)り早(はや)くも縄(なハ)をかけたり
ける
真恵郎浜栗記"		

郵便報知新聞 N014

郵便報知新聞 第五百八十九号(讃州象頭山の...)

明治8年(1875)4月 37×24.5

		
"讃州(さんしう)象頭(ぞうづ)山の辺(ほとり)の村にグデン徳と呼(よバ)るる酒好(ずき)あ
り或日賭(かけ)にて二升の焼酎を飲(のミ)たるが其侭(そのまま)倒(たを)れて
息絶(いきたえ)医療(いりやう) 尽(てをつく)せど其かひなく既(すで)に日数(かず)立けれバ
葬(そう)式を取行(おこな)ひたるに其夜我(われ)と蘇生(よミがへ)り葬穴(けつ)
を這(はひ)出我姿を見て始(はじめ)て一旦(いつたん)死(し)したるを知(し)れ
共(ども)寒(さむ)さハさむし如何(いかが)ハせんと鐘楼(しゆろう)堂のかた
隅に屈(かがま)り在(あ)りしに斯(かく)とハ知(し)らず近処(じよ)の博(わる)
徒(もの)三五人此軒(のき)下に集(あつま)りて枯木の技を掻(かき)
あつめ焚(たき)火なしつつ物語(かた)るをグデン徳は
羨(うらや)ミて些(ちと)無心(むしん)申す我にも暖(あたた)めさせて
たまハれとよろめき出(いづ)れバ博徒(ばくと)ハびつくり
スハ亡者(まうじや)だと転(こけ)びつ跌(まろび)つ逃失(にげうせ)たりし其跡(あと)に
楮幣(きんさつ)大小取雑(ませ)て二十余円(よゑん)落散(おちちり)あれバ
拾(ひろ)ひ集(あつ)めて訴(うつたへ)出しに調(しらべ)の上金札は
のこらずグデンにたまハりしとぞ"		

郵便報知新聞 N015

郵便報知新聞 第六百十七号

明治8年(1875)4月 36×24

		
"吉原(よしハら)の金瓶楼(きんべいろう)において往昔(むかし)の
おもかげを続(つづ)けて今様(いまやう)の舞曲(ぶきう)
を奏(そう)する事(こと)ハ愈(いよ)三月十六日を
以て舞台(たい)びらきせしが静江(しづえ)
豊原(とよハら)小太夫佐川(さがハ)静(しづか) 盛紫(せいし)
左近(さこん)都右近(うこん)といづれも当時(とうじ)全(ぜん)
盛(せい)の誉(ほま)れ高(たか)き太夫連(たいふれん)の二人
づつ一組(くミ)と定(さだ)めて烏帽子(ゑぼし)水干(すゐかん)に
大口(おほくち)にて太刀(たち)を佩(は)き婆娑(ばさ) (へん) (せん)
とまひ出たるは竜(たつ)のミやこの乙姫(おとひめ)
が波間(なミ)にわきいでたる風情(ふせい)にて
更(さら)に人間(けん)界(かい)とハ見えさりし
応需
松林伯円張扇の
余間に記す "		

郵便報知新聞 N016

郵便報知新聞 第六百五十号

明治8年(1875)8月 37×24.5

		
"宮城県(ミやきけん)亘理郡(わたりこほり)十二小区亘理駅(ゑき)の農(のう)熊沢(くまさハ)
松之助ハ年齢(よはひ)五十路(いそぢ)の坂(さか)を越(こゆ)るに老(おい)て益(ますます)
壮健(すこやか)なるが同郷(とうやう)斉藤(さいとう)豊吉の后(のち)妻(そひ)きの
か容色(いろか)に想(おもひ)をかけ夫(をつと)が留守(るす)の閑(ひま)を音信(おとづ)
れ終(つひ)に深(ふか)しき中(なか)とハなりたり松之助思(おも)へ
らく貧困(まづしき)の豊吉なれバ金に換(かへ)てきのを
乞(こ)ひ晴(はれ)て快楽(たのしミ)を契(ちぎ)らんものと媒言(なかたち)を
依頼(たのミ)して斯(かく)と談合(だんかう)に及(およ)びしに豊吉ハ点(うな)
頭(つき)て左迄(さまて)の懇望(こんもう)いなミ難(がた)く十円を与(あた)へ
なバ妻(つま)を嫁(が)すべく就(つい)てハ父(ちち)と娘(むすめ)を諸共(もろとも)
引取(ひきとり)たまハれかしと返答(へんとう)なれバ仲人(なかうど)委細(いさい)
を引受(ひきうけ)て先(まつ)きのを娶(めと)り連子(つれこ)ハ悴(せかれ)に妻(め)
合(あハ)せ父(ちち)なるハ母(はは)に具(そな)へ一家(いつか)同時(どうじ)に三夫(ミふう)
婦を揃(そろ)ひたるハ世(よ)にも稀(まれ)なる吉瑞(きちすゐ)なり
けり
のんのん舎南龍誌"		

郵便報知新聞 N017

郵便報知新聞 第六百八十三号

明治8年(1875)7月 37×24.5

		
"如何(いか)に意気地(いきぢ)を張(は)るハ女の道(ミち)とて張(はる)
にも足(た)らぬを引張(ひつぱ)りし話(はなし)を此(ここ)に記(しる)さん
に本所(ほんじよ)松倉(まつくら)町の小島(こじま)定吉(さだきち)ハ昨年より
して瘡毒(さうどく)にて稼(かせぎ)も碌々(ろくろく)出来(でき)ざるより
女房(にようぼう)せんに云付(いひつけ)て浅草(あさくさ)材木(ざいもく)町の河岸(かし)
に出張(でば)り引張(ひつぱ)りの開店(ミせびらき)より存外(ぞんくわい) 流(りう)
行(かう)なすものから同(おな)じ所(ところ)に稼(かせぎ)する吉田(よしだ)町
弥助(やすけ)が妻(つま)はると互(たがひ)に客(きやく)の引(ひつ)ぱりだこ
にて物争(ものあらそ)ひと成(なり)たりしがその場(ば)ハ漸(やうや)く事(こと)
すミしが又の稼(かせぎ)に出(いで)たる夜(よ)俄(にハか)に雨(あめ)のふり
出(いで)たれバ夫(をつと)定吉嘸(さぞ)や女房が困(こまる)であろと
瘡(かさ)持身(もつミ)にて傘(かさ)をもち跛(ちんバ)引(ひ)き引き迎(むかひ)に
来(きた)るを待(まち)設(もう)けたる弥助兄弟(きやうだい) 躍(おど)り出(いで)
て散(さんざん)に打擲(てうちやく)し重疵(おもで)を負(おほ)せて逃去(にげさり)
しが応(やが)て引(ひか)れて調(しら)べられしと"		

郵便報知新聞 N018

郵便報知新聞 第八百十六号

不明 36×23

		
"老(おい)てハ益々(ますます)壮(さか)んなりと爰(ここ)に
越前(ゑちぜん)の国(くに)福井(ふくゐ)の産(さん)山本(やまもと)与三(よさ)
吉(きち)なる者(もの)稀代(きたい)の一老婦(いちらうふ)を誘(いざ)
引(な)へり今茲(ことし)齢(よハひ) 八旬(はちじゆん) 余(よ)身(ミ)の丈(たけ)
一尺八寸童顔(どうぐわん) 翠髪(すゐはつ)能(よ)く酒(さけ)
を好(この)ミ声音(おんせい)最(いと)清鈴(すずやか)にして
唱歌(うた)と倶(とも)に舞曲(ぶぎよく)を奏(さう)す故(ゆへ)
に小人島(こびとじま)の手踊(ておどり)と号(ごう)し東(とう)
海道(かいだう)を遊歴(ゆうれき)して静岡(しつおか)に興(こう)
行(ぎやう)す近(ちか)くに登府(とふ)の仕度(したく)な
れバ幅(はば)一尺二寸高(たか)一尺五寸の
花駕(はなかご)に乗込(のりこミ)の錦繍(にしき)を飾(かざ)
り積(つも)れる歳(とし)も新玉(あらたま)の都(ミ)
会(やこ)の春(はる)の不老門(ふらうもん)へめで
度(たく)寿老(じゆらう)を迎(むか)へけると
のんのん舎
南龍述"		

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