大阪錦絵新話



大阪錦絵新話 N001,N002

大阪錦絵新話 第一号

不明 25×18

		
"羽前の国山形に、旅籠屋又兵衛といへる者ハ相応にくらせしが、六年まへに東京より
女義太夫が来て興行せしに、おあさといへる義太夫に、うつつぬかして又兵エハ、素直(すなを)な
女房をおきざりに、出奔(しゆつぽ)んなして横浜で、おあさと二人くらせしが、追々(をいをい)金もつかびすて
諸事不都合(ふつがう)になるにつけ、おあさハ心変(かハ)りして、衣類(いるい)品もの持出して、行へしれ
ねバ又兵エハ、親類もなく銭もなく、せんかたなきゆへ東京で、人力車(じんりきしや)曳(ひき)なし居りしが、
国に残りし女房ハ、夫(をつと)が出(いで)し其日より、なきくらせども今一度、夫(をつ)とに逢(あを)ふと
一随(いちずい)に、家業(かぎやう)発出(せいだ)しはたらけど、また年(とし)さへも二十一、きりやうハ人(ひ)とにすぐれしゆへ、
婿(むこ)をもらへの嫁(よめ)入を、せぬかと近所の人々が、すすめる言葉を耳(ミミ)にもかけず、
丁度六年ひとり身の、たよりハ夫(をつ)とがもし帰宅(きたく)、あるかとそれをたのしミも
風のたよりに横浜で、くらして居ると聞(きく)よりも、直(すぐ)に
其侭(まま)身ごしらへ、旅立なして横浜を、さがせど跡も
かたもなく、せんかたなくなく東京の、浅草寺に
参詣し、門前に居る車やを見れバ正(まさ)しく
わが夫と、たがひにびツくり優曇花(うどんげ)の、はな
嫁(よめ)こころに亭主ハ、浮気(うきき)に家名(かめい)よごせし
と、わぶる夫とをうらミもせず、立派(りつぱ)に着(き)か
ざり夫婦づれ、帰国(きこく)なせしハたぐひなき、
貞女とやいハん美婦とやいはん
笹木芳瀧"		

大阪錦絵新話 N003

大阪錦絵新話 第二号

不明 25×18

		
"長堀
末吉橋通り
丼池の。川(かハ)に男女(なんによ)が
さけぶ声(こへ)。助(たす)けて
暮(くれ)すぎ八時頃。暗夜(やミよ)の
ことに雨(あめ)ふりで。しかとハしれねど
情死(しんぢう)の。仕損(しそん)じならんか助(たす)けんと。
かけつけたるハ真意(まこころ)の。名(な)も善七が
眼(め)をとめて。見(ミ)れバ人力車ゆへ。引上(ひきあげ)ん
とてあせるうち。巡吏(おまハり)何某はせ来(きた)り
やふやふ車助(たす)けあげ。様子(やうす)を聞(き)けバ車(くるま)
夫(や)ハ第六大区一小区中木亀吉といふ者にて
客ハ高津町四番町松井熊吉が母ことにて
てうちんの灯(ひ)が消(きへ)しより。路(ミち)を失(うしな)ひ川中(かハなか)へ
車を曳込(ひきこ)ミ
たりしとハ。向(むこ)ふみづ
とハいいながら幸(さいハ)ひに
して善七と。巡吏
とが析(をり)よくも来た
られしこそ助りしなるべし
あぶない事あぶない事
笹木芳瀧述
並画"		

大阪錦絵新話 N004

大阪錦絵新話 第三号

不明 25×18

		
"第二大区七小区鰻谷西ノ町佐野屋橋東へ入南側に
住する大講義柴田花守の孫ハ三年七ヶ月にしてよく書を
読文字をかき説教をなすと新聞紙上に有り此子ハ佐賀県
の貫属田中一の男にして母ハ秀子といふ則ち柴田の娘なり此
子の詠歌と見るに三歳余にして歌を詠する事未聞かず
二月二十一日の朝雪のいたくふりけれバ
「朝はやくおきて日の出をおがみゆけハ日の影ハ見る事もなく
雪のミそふる
お祖父さま雪のふるのにさむからん
はやくかへりのまたれぬるかな
小児の詞(ことは)なれバ雅味(がみ)なしといへど其意(い)
瞭然(あきらか)たり実に希代(きたい)の才児なり"		

大阪錦絵新話 N005

大阪錦画新話 第八号

不明 25×17.5

		
"横浜野毛町四丁目
髪結職鈴木藤松が蓄猫(かいねこ)が子を
三疋産(うミ)おわつて死(し)せりかねて獣好(けものずき)
にて洋犬(ようげん)の雌(め)も飼(かい)たるに明治八年
五月のころ此犬も子を産ミしに望(のぞ)む人
ありて早く子を譲(ゆづり)りたれバ親犬(おや)の乳汁(ちしる)たれてやまざるを
孤猫(こねこ)にあてがい昼夜養育(やしなひ)おこたらず家内店のお客迄も
不思儀(ふしぎ)にて傍へよれバ子猫をとらるるやと洋犬の吼(ほへ)たつる程(ほど)になりたり
実(まこと)に全国兄弟の契(ちぎ)り貴族(きぞく)官員が平民を軽蔑(けいべつ)せるハ犬にだも鹿猿可(べ)けんやと
日日新ぶん千三十
五号に出づ"		

大阪錦絵新話 N006

大阪錦絵新話 第九号

不明 25×18

		
"東京浅草田町佐藤金五良といふ者(もの)ハ
女房(にやうぼう)も有(あ)る身(ミ)でありながらかねて馴染(なじミ)の
婦(おんな)が島原(しまばら)に居(を)りしを家(うち)へ引(ひき)とり表向(おもてむき)ハ
養女(むすめ)となし家内(かない)三人くらせしが
カノ養女ハとかく金五良の女房が
邪魔(じやま)になるとみへてある夜(よ)
むざんにも首(くび)をしめて殺(ころ)し
有(あり)あふ脇(わき)ざしにてはらを切(きり)
自分(じぶん)で死(し)んだ体(てい)になし
涙(なみだ)を流(なが)し世間(せけん)へハよい子(こ)に
成(なつ)て居(を)りしが天(てん)の網(あミ)のいかで
のがすべきや直(すぐ)にあらハれ此(この)ほど
召(めし)とられしとぞなんと無法(むほう)な
女でハ有(あ)りませんか "		

大阪錦絵新話 N007

大阪錦画新話 第十号

不明 25×18.5

		
"崔(さい)南といふ人の妻唐婦人(ふじん)ハ其姑(しうとめ)長村夫人ハ年老て
食事かなハざれバ常に乳(ちち)をあたへて孝を尽(つく)せしハ
世の人よく知るところなり是ハそれにハ引かへて
東京北神保町七番地に嶋田政七と云人
の妻おつるハ千年の齢もまたず明治
七年の頃産(うミ)し女の子を忘れ匡(かたミ)に死にたりしに
此家の老母(ばさま)ハ愁傷(かなしミ)にたへず孫を自(わ)が手で育(そだ)つるに
七十余旬の皺乳(しわちち)を孫に呑せ居たるに不思議と
此ころ乳汁(ちち)発(いで)てはしるに孫ハ此乳(ち)ニ肥満(ひまん)せるハナント
稀(まれ)な事でハありませんか読売八十五号紙上に
詳なり
大水堂
狸昇誌"		

大阪錦絵新話 N008

大阪錦画新話 第十四号

不明 25×21.5

		
"静岡県沼津在推路村の士族鈴木某ハ去明治八年
より東京へ出て巡査(じゆんさ)を勤めて居しがその妻おのぶハ
麗し花の十九二十年
貌と心のうつくし
きうへ歌道を
たしなミ夫(おつと)の留
主の一人り寝ハいとハず姑女(しうとめ)によく孝育(こういく)なし或る日叔母(おば)がきたりおのぶへ告(つげ)るにハ夫(おつと)
鈴木ハ東京二て外に女を貰(もら)ツタといふがナゼ捨て置ノダ
はやく踏(ふミ)出し逢(あつ)ておいでと言われてモシ叔母さま御戯談(ぜうだん)
おやめそれハ少しも怨(うら)ミませぬ御身まハりの世話も行届き
また私ハ御留主を守るハ女房の役親を残して行くもいかがと
貞節美言(うつくしことバ)に叔母ハ言(ことば)をかへさず立帰る跡におのぶハ捨がたき心のそこ
意(い)筆とりて
 東路に月は照るやと終夜(よもすがら)啼あかしてむ山時鳥 ト
一首(しゆ)をつらね遠(とを)き夫(おつと)へおくりしハ年も若きに感心な嫁でハ有りませんかと
読売百二十二号に出たり 筆者高田俊二"		

大阪錦絵新話 N009

大阪錦絵新話 第三十六号

不明 25×18

		
"尾州豊橋札木町、岡田丈作といふ者ハ、日頃邪見(じやけん)な
其上に、女房おせきを常々(つねづね)に、非道(ひどう)になせる不人情(ふにんじやう)、よく
なひことと評判(ひやうばん)を、とりわけ哀(あハ)れふびんさハ、三月三日の
事なりしが、女房おせきを引よせて、此頃(このごろ)手前(よち)のそぶり
でハ、姦夫(まをとこ)なせしに相違(そうい)なし、白状(はくじやう)しろと責(せめ)られて、
おせきハなんの身(ミ)に覚(おぼ)へ、なきさけべども聞(きき)いれず、
慈悲(じひ)もなさけも内儀(ないぎ)をバ、柱(はしら)に縛(しば)り無法(むほう)にも、
焼(やき)がねをもて責(せめ)らるる、おセきが五躰(からだ)ハ焼(やけ)ただれ、
すでに命(いのち)も危(あやふ)きに、はや其悪事(そのあくじ)が
あらハれて、忽(たちま)ち丈作ハ召(めし)とられ
しとぞ、ふ仕合ハこのおせき、身ハ
せめられて亭主ハ、とらハれ
と迄なりしとハ、かわい
そうでハござりま
せんか
略誌画図笹木芳瀧"		

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