神仏祈願



神仏祈願 N001

諸国おかげ参あこや琴責段抜文句

文政13年(1830) 21×29.5

		
"諸国
おかげ参(まいり)あこや琴責段(ことぜめだん) 抜文句(ぬけもんく)
されバ治る九重に
都よりの奉幣使
当時鎌倉の厳命に随ひ
宿々の詰番衆
公事(くじ)さいばん私のはからひなく
こづま取手もままなれど
古市の遊女
かたちハはでに気ハしほれ
道よりもどる人
明日ハせつ者がうけとり
宮川の替り役
いらぬ世話御無用御無用
ぬけ参りをそしるばば
それもナアむりとハ思ハぬ
抜参りしたものの親かた
ここをとくとがてんせよ
息子改めて参らすといふ親
万人のそしりをうけても
あとさきなしの抜まいり
其身のめうがあしからまじ
諸方の施行
物やわらかにりをせめて
あとより参らすといふ母
常々うわさに聞イたれど
此まへのおかげ
しかもこたゆる
堂じまの施行
おまへがたもせい出して
宿屋の下女
もてあましてそ見へにける
道中の施行宿
用意(ようい)用意と呼わるにぞ
ぬけ参りの友
ふかくもきしるくるまきの
両宮のてうづ鉢
やうすいかがと打まもれば
ぬけ参り見合す人
いかなる事のゑんにより
おかげに二度あふ人
野山をこへてきよ水へ
下向に京へ行
たがひに顔を見しり合ひ
あとさきになり参る人
すまやあかしのうら舟に
渡海場数艘(とかいばすそう)
お前もぶじにと
たつた一言(こと)
船わたしで行ちがふ
さらバといふまもないほどに
宿屋のくんじゆ
アアおはもじとさしうつむき
むすめの施行受
いつわりなき事見とどけたり
諸方へふる御札
つきぬ御札をふしおがミ
八十末社
ともなふなさけ数(かず)々の
大坂の施行
冥加(めうが)にあまる御なさけ
施行かごに乗(の)るあしよわ
直(すぐ)るる道こそ有がたき
両太神宮
長いはおそれ此ままに
此戯(おどけ)作者
{袖に版刻}文政十三寅年大新板 "		

神仏祈願 N002

草木撰種録

嘉永2年(1849) 36×49.5

		
"{図の右側の欄}草木撰種録(さうもくたねえらミ) 男女之図 天地(あめつち)の間(あいだ)にあらゆる万物(よろつのもの)に 普(あまね)く男女の差別(けぢめ)ありて五穀(ごこく)竹木(ちくぼく)にいたるまで女種(めだね)を植(うゑ)れバ莫太(はくたい)の益(えき)あり
{草木図、絵は省略、名前のみ}
{図上段} 稲
男
本枝(もとえだ)一
女
本枝二
大麦(おほむぎ)
男
女
小麦
男
女
粟(あわ)
男
女
稗(ひえ)
男
女
黍(きび)
男
女
蜀黍(たうきび)
男
女
黒豆(くろまめ)
男
女
白豆(しろまめ)
男
女
小豆(あづき)
男
女
冬豆(ふゆまめ)
男
女
胡麻
男
女
{図中段} 竹
男
女
竹の男女ハ時(ト)
珍(ちん)が本草(ほんぞう)綱目(がうもく).
貝原氏(かひバらうじ)の倭(やまと)本(ほん)
草(ぞう)などニ見(ミ)えて.
世(よ)の人(ひと)の知(し)る所(ところ)也
油菜(あぶらな)
男
本枝(もとえだ)ミじかし
女
此本枝(もとえだ)ながし
仏掌薯(つくいも)
男
女
甘藷(さつまいも)
男 男子
女 女子
綿
男 男子
女 女子
此(この)綿(わた)の図(づ)ハ半夏生(はんげしやう)の頃(ころ)
間引(まびき)する時分(じぶん)の状(かたち)なり
牛蒡(ごばう)
左巻
男子
右巻
女子
晴天(せいてん)の日中に
葉(は)の萎(しほ)るるは
女なり
里芋(さといも)
男 左巻 男子
女 右巻 女子
蒟蒻(こんにやく)
男 左巻 男子
女 右巻 女子
{図下段} 麻実(あさのミ)
男
女
油桐(あぶらぎり)
男
女
薯蕷子(やまいものミ)
男
女
茄子(なすび)
男
女
蜜柑(みかん)
男
女
柿(かき)
男
女
梨(なし)
男
女
瓢(ひさご)
男
女
榧(かや)
男
女
隠元豆(いんげんまめ)
男 女
冬豆
男 女
蚕豆(そらまめ)
男 女
瓜(うり)
男
女
老農(ろうのう)の云(いは)く。近世稲の男女を弁するの諸説僻言多し。
凡(およそ)五穀(ごこく)の類(たぐひ)ハ穂(ほ)の本枝(もとえだ) 。一(ひとつ)なるハ男二(ふたつ)なるハ女なり
○稲(いね)ハ女種(めたね)子を撰(ゑら)びて植(うへ)れバ一段歩(いつたんぶ)の田(た)に二斗(にと)より二(に)
斗(と)四五舛(しごしやう) 三斗(さんと)も余米(よまい)あり。但シ(ただし)国(くに) 所(ところ)により田地(でんぢ)の
美悪(よしあし)其年(そのとし)の豊凶(ほうきやう)に因(より)て多少(たせう)の差(たかひ)ハあるべし。大凡(おほよそ)平(なら)
均(し)一段歩(いつたんぶ)二斗(にと)五舛(ごしやう)の余米(よまい)に積(つも)れバ。一町(いつてう)の田(た)作(つく)る人(ひと)ハ
二石(にこく)五斗(ごと)の余米(よまい)を得(う)べし。十万町(じうまんてう)の田(た)にハ二十五万石(にじうごまんごく)
の益(えき)となる積(つも)り也大(おほい)なる計(はかりごと)と云(いふ)べし五穀(ごこく)竹木(たけき)皆(ミな)女種(めたね)
に利(り)あり。大麦(おほむき)の男穂(おほ)ハ本生(もとなり)秕(しいな)にして一粒(いちりう)也女穂(めほ)ハ
本(もと)より
末(すえ)まで三粒(さんりう) 並(ならび)也小麦(こむぎ)の女穂(めほ)ハ本(もと)より四粒(よつぶ)ならび
男穂(をほ)ハ大麦(おほむぎ)と同理(おなじことハり)なり稗(ひえ)の女穂(めほ)ハ本枝(もとえだ) 二(ふたつ)なれ共稀(まれ)
にハ三(みつ)或(あるひ)ハ四なるもあり黍(きび)の女穂(めほ)ハ稗(ひえ)と同理(おなじり)也里芋(さといも)の
男ハ其(その)莖(くき) 左巻(ひだりまき)女ハ右巻(ミぎりまき)也蒟蒻(こんにやく)の男ハ其(その)葉(は)左巻(ひだりまき)
女ハ右巻(ミぎりまき)なり.甘藷(さつまいも)の男ハ蔓(つる)太(ふと)く葉(は)大(おほい)なり女ハ其(その)葉
細(こまか)にして稜(かど)あり蔓(つる)扁(ひらた)くして細(ほそ)し綿(わた)の男種(おたね)子ハ皮(かハ)厚(あつ)
く尖(とが)りて長(なが)し女種(めだね)子の状(かたち)ハ丸(まる)くして皮(かハ)うすし間引(まびき)す
時(とき)男苗(をなへ)を抜去(ぬきさ)るべし.男苗(をなへ)ハ二葉(ふたば)に上(あが)りさがり有(あり)て茎(くき)
太(ふと)く枝(えだ)立上(たちあが)り生立(おひたち)早(はや)し女苗(めなへ)ハ茎(くき)細(ほそ)く其(その)枝(えだ)横(よこ)に伸(のひ)て
二葉(ふたば)図(づ)の如(ごと)し.蚕豆(そらまめ)冬豆(ふゆめ)の実(ミ)ハ陰(ほと)の白(しろ)きハ男黒(くろ)きハ
女なり凡(およそ) 草木(さうもく)の実(ミ)ハ首(かしら)と蔕(ほぞ)の大(おほい)なるハ男也竹(たけ)の男
ハ本枝(もとえだ)一筋(ひとすぢ)なり女竹(めたけ)ハ本枝(もとえだ)より二股(ふたまた)なり竹(たけ)を切(きる)に
男竹(をだけ)をきりて女竹を種(たね)にのこすべし女竹をきり
つくせバ筍(たけのこ) 出(いで)ずとなん
○扨(さて)寒中(かんちう)に雪水(ゆきミづ)を貯置(たくわへおき)て種(たね)を蒔(まか)んとおもふ時(とき)
其水(そのミづ)しばらく入置(いれおき)取揚(とりあげ)蒔(まく)ときハ生育(おひそだち)て虫(むし)の
附(つく)をなし実(ミ)のりも能(よし)と云(いふ)惣(そう)じて種物(たねもの)を上(じよう)
十五日に蒔(まき)て実入(ミいり)能(よし)とへり又いつにても昼(ひる)
前(まへ)にまけバ陽気(やうき)を含(ふくむ)ゆへ生気(せいき)よきものなり.
上十五日ハ月(つき)のたんたんと盈(ミつ)る理(り)也粟(あわ)荏(ゑ)のるい
脇(わき)へうつし植(うえ)る物(もの)ハ昼(ひる)より後(のち)植(うえ)て段々(だんだん)日陰(ひかげ)
なるゆへ付(つき)安(やす)し.又くもる日(ひ)雨(あめ)待(まち)て能々(よくよく)よるるべし.
何種(なにたね)にても植(うえ)べき節(せつ)より一日もすすみて早(はや)
く蒔(まき)たきハ生気(せいき)実(ミ)のりとも格別(かくべつ)なり.大豆(まめ)
蕎麦(そば)のるいハうらに少(すこ)し青(あを)ミの残(のこ)るじぶん
はやく収(おさ)むべし一夜(いちや)の嵐(あらし)に吹(ふき)こほるること
十分(じうぶん)なれバこぼるる道理(たうり)なり
○農(のう)ハ本民(ほんミん)にて世界中(せかいぢう)の命(いのち)の元(もと)也努々(ゆめゆめ) 疎(おろそか)にすべ
からず。諸作物(しよさくもつ)これらの上(うへ)にも復(また)能(よく)精細(せいさい)に試(ためし)
見(ミ)て聊(いささか)も利得(りぶん)の方(しな)を耕作(こうさく)し一粒(いちりう)万倍(まんばい)の功徳(くどく)を
積(つミ)ていよいよ国家(こくか)豊饒(ふねう)ならしめんことを希(こひねが)ふもの也
{袖}江川錦二力
{奧}嘉永二暦 東都市ケ谷下田町 積仁堂徳左衛門蔵板"		

神仏祈願 N003

西国順礼第三十三所 六波羅密寺

不明 24×32.5

		
"西国順礼第三十三所内
十七番山城国落東普院落山
六波羅密寺
天暦五年春の頃京路中ハこと
の外大疫病流行なして諸人の屍ね街
にみち万民の悲ミいはん方なく空也
上人深く之を歎きて自から十一面の
観音の尊像をおがミて祈念をこ
らし之を車に乗せ市中を曳廻り信
心を進め玉ひしに不思議にや一度曳
まわりし町内ハ直さま病イハ治愈にけ
り是レ偏に大然観世音の御利生
とは知られける遂に此尊像を本尊
として此寺を建立なし玉ふ即チ東
山の六波羅密寺とハ是なり
其後疫病流行せし時此観音に供へ
たる薬物を病人に呑せしかば速に治
せさるものとてなかりけるを此事時
の帝村上天皇聞し下れて御信仰
あらせられたり海蔵元朝に尊像
に供へたる御薬湯をバ常飯し玉ひ
けれバ今世まで正月に回復を祝ふ
其年の災をはらう吉例の討れる
ハ此帝御信心の故事とハ申なり"		

神仏祈願 N004

西国順礼第三十三所 六波羅密寺

不明 24.5×33

		
"西国順礼第三十三所内
十七番山城国落東普院落山
六波羅密寺
天暦五年春の頃京路中ハこと
の外大疫病流行なして諸人の屍ね街
にみち万民の悲ミいはん方なく空也
上人深く之を歎きて自から十一面の
観音の尊像をおがミて祈念をこ
らし之を車に乗せ市中を曳廻り信
心を進め玉ひしに不思議にや一度曳
まわりし町内ハ直さま病イハ治愈にけ
り是レ偏に大然観世音の御利生
とは知られける遂に此尊像を本尊
として此寺を建立なし玉ふ即チ東
山の六波羅密寺とハ是なり
其後疫病流行せし時此観音に供へ
たる薬物を病人に呑せしかば速に治
せさるものとてなかりけるを此事時
の帝村上天皇聞し下れて御信仰
あらせられたり海蔵元朝に尊像
に供へたる御薬湯をバ常飯し玉ひ
けれバ今世まで正月に回復を祝ふ
其年の災をはらう吉例の討れる
ハ此帝御信心の故事とハ申なり"		

神仏祈願 N005

紅毛伝来 難病療治

不明 31×40.5

		
"いくび
ねこぜなか
せんき
はななし
りういん
たなしり
むしば "		

神仏祈願 N006

流行物開帳

不明 30.5×23

		
"流行物開帳「そもそもこれにはんぜうしたてまつるハさいこくでんらいの
りうかうぶつはしかそんじやの御さくなるやくしゆやによらいの
めんぞうなりかうべにハさいかくのつのをいたゞきひだりのおん
てにハがうのはかりをもつてもろもろのくわんめをひきミぎの
おんてにハそろばんだまの
くどくをかんがミ九そう
ばいの
りやく
を
お
さめ
あまねく
びやうかのきんぎんをすくいとらんとのこせいぐわんなり
ごしんごんにハ南無薬師(なむやくし)やお利口(りかう)ぶつのむからたんのう
げんきんだぶつひとだびはいするともがらハひきかぜ
ゑきれいりうかうびやうのくけんをまぬかれはしか
あんぜんにやまとあげびやうなんへいゆうたがひなしはいざいの
びやうにんハミせによツて五ト(ごふん)はらわれませうのむあみだアのむあみだアのむあみだア
礼法ハゐしやれいれい"		

神仏祈願 N007

流行開帳物

不明 40.5×31

		
"流行開帳物
「そもそもこれにはんぜうしたてまつるハかミがた
でんらいのりうかうぶつにてはしかそんじやの
おんさくなりやくしゆやばんたうによらいのめん
ぞうなりかうべにハなたまめのつのをせうじ
ひだりのおんてにハさいかくのつのをにぎりミぎの
おんてにハりやうこをもち九さうばいのりよくを
おさ
め
玉
ふ
あ
ま
ねく
病人の
かこかき無言にてすくいかつかんとの御せい
くわん
御真言ニハ呑に豆水あめかる焼たんのうハ今年ハ
ほう年だぶつと申なり「ナヲぼうじ一度拝することも
二度のごなんニぶりかへしたもふゐしやのめうけい
すもってぜんくわい致させ是ニよつて病家の
衆中薬札ハ七分とはらわれましやふ跡ハけんきん
にて
呑あみだぶつ呑あみだぶつ呑あみだぶつ
礼月にハ{以下欠} "		

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