養生



養生 N001

救荒略説

文政9年(1826) 26×37

		
"救荒略説
侍医法眼遊佐公著救荒略説以印 千世其恵亦深而人或
以為方今隆治国富民豊天和地順之時特為此説亦似迂而
無用者余竊謂左氏曰不備不虞不可以師 氏曰素有備而
予具善乎言若能繹二氏之意而深思公之心則恐其人之口
閉而舌編矣鳴呼良医医国公於是有焉
櫟園石坂宗圭記
文政九年丙戌之春
東都侍医  遊佐東菴法眼誌
救荒略節
○夫天地のひらけてより上に高き物を天として下に卑き物を地とす其中間に形
なすもの皆是を万物といふ人ハ万物の霊なるゆゑに自然に其万物の中
にて五穀菓菜等の養ひに益ある物を弁へしりて常に是を食ひ其身を
養ひ天年を終るなり然れとも彼五穀に凶年不熟の災ある事猶人身の病
あることくにして免れかたき所也此時にあたりて是を救ふの備へなけれハまた
終に其災害を通る事あたハすされハ偏郷僻地の民或ハ飢饉の年に遇は
餓死する者も間々多くまたハ草根木皮の有毒の物を弁へす妄にこれを
食て身命を失ふ事多し適僥倖にして餓死を免るれとも久しから
ずして終に其毒にあたり死する事傷ハしからすや此故に昔より救
荒の説とて是を救ふの法くさくさあれと皆迂遠にして時の用をなさ
す仍て是を然しひ思ふ事既に多年たまたま発明するところあれは
聊その略を説まつ人の専ら資て養とする所の穀菓諸菜等の
物も本是気と味とのミ気を天の五気とし和を地の五味とす五気
ありといへとも五味に配せされハ其気をなさす気と味と配して始て
{以下欠} "		

養生 N002

飢饉時の秘法(仮)

天保4年(1833) 26.5×37

		
"{前欠}よく人を養ふの物となる猶火の薪あるか如く火気あるといへとも薪を得
されハ其火を成さる也この故に地を以て万物の母とハなせりされハ其養ひ
生する所の母に随ひて其地土を食ふ事理のおのつから然る所也此頃自ら
其地土を採て法の如く製し是を同志の人にも示し又ハ門人等に
あたへて試に殻をたたせ是をくらハしむるに或ハ一七日乃至三十日も飢す
渇せす身体いささか労倦せす若是をかの偏郷僻地の民に伝へて
其荒凶の時にあたりて餓死の災を免かれしむれハ又吾仁術の稗益
ならんと今其法を左に略記す
◯地土ハ田畠山林川沢の嫌ひなく砂石少々きめよきを択採右の地土
一升に水四升を入れ桶の内にてよく撹せ米をとく如くにして上水を去る
事数遍又水四舛入れ能々撹セ別の桶に入れ底に残る砂石をさり又
水四升いれ前のことく撹せ水に浸し置事三日の間一日の内に三遍
つつ撹せすまして上水をかへる也葛粉蕨の粉を水飛する法のことく右の
製土一升へ水二升入れ煮熟し薄き粉のことくして食ふ又平淡無毒の
菓菜草根等を入れ同く煮て食ふもよし食量ハ一日に三合より五
合まて食ふへし誠に此法五穀を絶て飢す身体いよいよ強健なれハ
彼荒凶飢饉の時にあたりて不飢延年の秘法といふへしされともまた
深く秘すへきにもあらねハ記して聊非常の時の一助とハなしぬ
咨吾 師東菴法眼苦惨荒年於飢民所発明之食土術也誠
救偏郷飢民妙矣捨■々取矣其梓今燼火而空矣予深思
師徳也再壽梓以広播之噫由食山薮而不足於茲術則豈有
盡乎仁哉仁矣
天保四年癸巳秋  仙台藩 真山東諄誌 "		

養生 N003

灸療治(仮)

天保15年(1844) 28×20.5

		
"一ケ所へ九ツも十一日灸
一日おきニ御すへ可被成候
天保十五年辰六月二十六日下総国結城郡
結城の江戸屋源助殿方ニて合宿致候砌
此灸療受るもの也
万病の留
きこんの灸
中気の留
目の灸
第一そうどくの灸
豆州三島宿
朝倉要人 "		

養生 N004

灸療治(仮)

天保15年(1844) 28×20.5

		
"一ケ所へ九ツも十一日灸
一日おきニ御すへ可被成候
万病の留
きこんの灸
目まいの灸
目灸
血の道 ひきさげ
豆州三島宿
朝倉要人 "		

養生 N005

此せつある物流行づくし

安政5年(1858) 18×24.5

		
"此せつある物
流行尽し
さてもあるぞへたんとある
ありとあらゆるあらがある
かとぐちこのはが下てある
まじないおふだがはつてある
ほどこしぐすりをたすもある
きつねのうわさが所々にある
山ぶしきとうにほうがある
しんるいきう病さたがある
とむらいつづいてとおりがある
やたらにほとけのふりがある
むゑんのはかばはながある
せつほうだんきにいりがある
こわめしもらいがたんとある
ぶらつくひとだまつれがある
はやおけおきざりせつがある
女ほうのうりすへくちがある
いれものつづらとたるがある
やきばのたのしミこつがある
くわんおけほどこす人がある
たまにハたすかるものもある
きとうおかしがやたらある
おいしやのことバににげがある
おんなのやもめがやたらにある
そろそろはいこむやつがある
くどいてしめこむのづがある
ながれてとられるばかがある
女ハほかにもまぶがある
そのうへちのミのがきがある
ごけにつぎこむこけがある
おすくひくださるさたがある
おかミのおめぐミじひがある
{袖に異筆}安政五年秋狐狢狸(ころり)はやる時"		

養生 N006

為麻疹

文久2年(1862) 37×25

		
"{中心に}為麻疹 勧進元 まじなひ房事
{上段右側}あたりの方
大関 うさいかく やくしゆや
関脇 まじなひ うまやのべつとう
小結 いそがしい ゐしやさま
前頭 あちらこちら やとひ人
前頭 ではらひ かごや
前頭 くすりニなる かるやきや
前頭 はらがきく むびやうのゐ候
前頭 三年ごし ふるたくあん
前頭 くろにかぎる にまめ
前頭 かこいがよし なし
前頭 ふだんによし くずの粉
前頭 うすせうゆで かんぴやう
{上段左側}はづれの方
大関 からひまだ 女郎や
関脇 あげてがない げいしや
小結 あくバきへす きうてんや
前頭 のりてがない ふなやど
前頭 こいつアおあいだ ひやつこい
前頭 かんげへもんだ てんぷらや
前頭 しこミおすこし そばや
前頭 まぐろハよしな すしや
前頭 ひるからだよ ゆや
前頭 たばねるばかり かみゆいどこ
前頭 うれねへのう さかや
前頭 人がでないよ さかりば
{中段}さてもないないつまらない
こんどのはしかハのがれない
しかしいのちにべつぜうない
どこのおゐしやもひまがない
どくだておおくてたべものない
やおやさかなやからうれない
ふなやどさつぱりのりてがない
かごやハよるひるやすミがない
すしやてんぷらあきなひない
にまめやはんじやうすきがない
さかやきす人さらにない
ゆやハどこでもひるまでない
やとひておおくて出てがない
きうなつかひハまにあわない
なしやかるやきやどくがない
なすやきうりハたべてがない
むびやうな人ハせハしない
さかりばさつぱり人がない
げいしやハさツぱりはやらない
女郎やどこでもきやくがない
{下段}「きたまだエエさてもないない
つまらないヘイヘイ上下そろいまして
十文と六せんでござい
「ヤレヤレきさまハよいものをうらつしやる上下かつてくだされや
「いまいましい
あんなものを
うりやがる
チヨごうはらナ"		

養生 N007

流行はしか合戦

文久2年(1862) 31.5×40.5

		
"流行(りうこう)はしか合戦(かつせん)
体(たい)に入てらんをなすとかやここにはしかの判官(はんくわん)やミつきト申者(もの)あり一ぞくの病(やまひ)
にハそやミのねつ蔵(そう)あせかき暑中(しよちう)くハヘらん太あつかりリべうの太郎大ねつせう
かん斉(さい)かんの虫蔵(むしそう)せきの出(で)太郎すしほねつり右衛門はらいたん太逆上(ぎゃくじやう)のぼせの助を
はじめとしてはしかにしたがふ病勢(びやうせい)われもわれもとはせあつまり人(にん)げんかいのそとり
たる五臓六(ごそうろく)ぷのたいない城(しやう)にそせめよせたり先(せん)ぢんの大しやうそやみねつ蔵あせ
かきその日のいでたちニハ火(ひ)いろのよろひねつとうのかぶとをいただき火(くハ)ゑんのねつ
きを火(ひ)のくるまのごとくふりまハしたいない一ばんのりとぞよばわつたり人げん
かいにてハ大きにおとろきこハしよきはらひとして定済(じよさい)ふりいたし等にてふせぎ
たたかふといへどもなかなかもつてこうのうすこしもあらバこそそのうち手(て)おくれ
とあいなりしかバよせての大しやうはしかの刻くわんが下ぢとしてりべう太郎
ハこうもんへせめいりすぢほねつり右衛門ハ大すいのおやぼねをきりとらんとす
のぼせの介ハかんちうへせめのぼりせきの出太郎ハのんどよりしよくどうニせ
めかかり兵(べう)ろふのミちをさえぎりはらいたん太ハひゐのりやう城(じやう)をせめとつ
たりいよいよ三日のとふげにさしかかれバたいないおほひにそんじすでにらく命(めい)
にもおよぶべくところいしやの入道(にうどう)ぶくわんこれをきくよるさつそくかけ
つけ人げんかいはやくどころにぢんをとり味(ミ)かたの薬せいをあつむるところに
まづ一ばんにハうさい角(かく)蔵二ばんにハしやうまかつこんとう三ばんにハあまき
かん蔵かつたとうがねの住(ぢう)人大の一角本町の住人(ぢうにん)にハたいこふあんねりやく
いづミばしの住人きうめい丸薬をはじめとして大にんじんくまのゐその
ほか薬(やく)しゆのめんめんわれもわれもとあいくわりにんげんかいをすくわんとやま
ひのみちたるただなかへせんやくぐわんやくのきらいなくわれおとらしとたて付
たてつけあびせるごとくにせめかけ又かたハらにハかんびやうのともがらすきま
もなくつめかけゆだんなきかいほうにかちほこつたるはしかぜい薬ぜいニおい
まくられこハかなハじとしどろになつてはつさんすよつてたいないへいゆにおよ
びおひおひかせにいたるといへどもまたまたぶりかへさんもはかりがたく七十五日ハ
どくだてげんぢうにまもりけるとぞ    これより後(かう)へん
いよいよはしかの一ぞくだんだんとはひこりてひろきせかいにミちたりけれハ
貴賎(きせん)のなん女そのかづ何百万といふをしらず中にハかれがためにいのちを
うしなひとせいにさしつかへなんぢうをするものすくなからずこれによつて猶また
はしかの一ぞくをしりぞけんと身かたのせいをぞあつめけるまづ一ばんニハ
ゆやのばんとういりなしとめおけにかなたよりはめたる大よろひをちやくし小畑(こはたけ)
のかぶとをいくびにきなしばんざいとなづけたるこまにうちのりひやかしぎかつ
てのりいだす二ばんニハかみゆひとこのかミひまなりくしのはおどしの大よろ
ひにびんだらいのかぶとをきなしまけぼうのさしものかミぞうげのこまに
びんつけおいてうちまたがり中どこわか蔵下ずり小蔵太をさゆうニしたがへ
平(ひら)一さんニのりいだす三ばんにハ女(じよ)郎やのあるじくひこミがその日のいでたち
にハかたびらおどしのよろひにづつうはちまきのかぶとをきなししあんと
名(な)づけしぶんさんのこまにうちのりとぼとぼとしてのりいだすつきしたがふめんめん
にハおいらん三分太夫つぼよし一分の庄司(しやうじ)二朱の太郎小がふしにミせのふんぞり勢(ぜい)
ニハ所々(しよしよ)くらがへ四郎なまいきすべ太郎がつとめの四百きをひいておしいだす後(ご)ぢんの
大しやうニハ永(なが)きやすん太が一ぞく会(くわい)せきりやうりの介さかなハとくだろふくハ
なしそばの二八郎もりかけおちぬつけめしのかミはらよしうなぎかばやきにう
どうどんぶりさいてんぷら夜(よ)ミせ太郎すしや弥介ゑんどうはじけの介まめ
なり四もんやにしん太夫さざいつぼやきミづやしらたま一ぱいやのともがらかげう
のかたきはしかのやつばらいちいちうちとりうつぷんをはらさんとおいおい目
じるしのかんばんをまつさきにおしたてわれおとらしとのりいだすそれをミるより
はしかのはんぐわんやミつきなんのこしやくな人げんせい■せくれぞさいわひもふ
一ト久しぶりかへさせミなごろしにしてくれんとたたかふところにうしろのかたにハいし
や薬しゆの大ぐんせめきたりどくとくすりとぜんとよりせめたてられさしもに
たけきはしかぜいしどろニ成てはいぼくなし広(ひろ)きせかいをおひはらハれ遠(とほ)き■(くに)へぞ退(しりぞ)きける"		

養生 N008

虎列刺病予防一覧表

明治19年(1886) 49×36

		
"虎列刺病予防一覧表
明治十九年六月九日御届
同年同月出板
例言 虎列刺病(これらひやう)の猛劇(もうげき)にして怖(おそ)るべきや世人(せじん) 普(あまね)く熟知(しゆくち)する所(ところ)なり故(ゆへ)に非常(ひじやう)の注(ちう)
意(い)を加(くは)へ予(あらかじ)め之(これ)を防(ふせ)がずんバ其(その) 禍(わざハひ) 踵(くびす)を旋(めぐら)さず豈(あに)恐(おそ)れて怖(おそ)れざるべけんや因(よつ)て
先輩(せんはい)の予防(よはう)方法(はうほふ)の諸説(しよせつ)を考(かんが)へ需用(じゆよう)と禁忌(きんき)の両部(りやうぶ)に分(わか)ち病(やまひ)を
未■(ミばう)ニ防(ふせ)がんと欲(ほつ)し一表(いつへう)を製(せい)して以(もつ)て江湖(かうこ)の閲覧(えつらん)ニ供(きよう)すと云(い)ふ
丙戌芒種の節  編者識
編輯兼出板人
京都府士族
増山守正
東京府神田區駿河台
鈴木町十六番地寄■
需要之部
第一則  新鮮(しんせん・あたらしき)  の空気(くうき)を吸(すふ)べし
第二則  高燥(かうさう・たかくかはきし)  の地(ち)に住(す)むべし
第三則  家室(かしつ・いへへや)  を 清潔(せいけつ・きよらか) にすべし
第四則 清潔(せいけつ)の衣服(いふく)を着(ちやく)し怠(おこた)
らず襯衣(したぎ)を洗濯(せんだく)すべし
第五則 牛乳(ぎうにう)牛肉(ぎうにく)及(およ)び鶏卵(けいらん)鶏肉(けいにく)
等(とう)の滋養物(じやうぶつ)を食(くら)ふべし
{中略}
禁忌之部
第一則   稠人輻湊(ちうじんふくそう・おほせいあつまり)  せる炭酸(たんさん)の多(おほ)
き  会場(くわいじやう・よりあい)  等(とう)へ入(い)る可(べ)からず
第二則  腐敗物(ふはいぶつ・くさりしもの) を飲食(いんしよく)すべからず
第三則  大酒(たいしゆ・おほざけ)  及(およ)び  大食(たいしよく・おほぐひ)  す可(べ)からず
第四則  房事(ばうじ・ねやのこと)  を過(すご)すべからず
第五則  精神(せいしん・たましゐ)  を  妄用(まうよう・めつたづかひ)  すべからず{以下略}
{枠外}売捌所 東京本郷区湯島六丁目二十五番地
波多野常定 定価金六銭"		

養生 N009

新板よいものづくし

不明 15.5×23

		
"さてもよいよいなにもよい
もはやはしかもだいぶよい
しても子どもハかるくてよい
とうぶんどくたてするがよい
いツけんしばらくせぬがよい
七十五日がたてバよい
しないとからだがだいぶよい
はしかをしなけりやしてもよい
さかなわあんまりくわぬがよい
こちとかれいハすこしハよい
やきふとにまめハだいぶよい
八百やのものでハしろうりよい
とうなすくらへバじきよいじきよい{後欠} "		

養生 N010

流行はしか 国づくし 上・下

不明 15.5×23

		
"流行はしか
国づくし 上
こんどのはしかハ
のがれないね
みな 駿河
やうぜうが
よいと
はやく 常陸
やうぜうが
わるいと
たすからな 伊予
しこじらかし
てハ
いけないねへ 長門
ゆへはいられ
ないから
からだが 武蔵
うさいかくハ
たかく
ても 上野
とかくたべて
よい
ものハ 甲斐
おまんまも
たんとハ
どくだ 越前
いもで
よいのハ 薩摩
水あめに
かるやきハ 阿波
病人ハたべた
がる
親たちハ
くわ 讃岐
せきのでるたびに
いたくて
ならないよ 能登
おいしや
いそがしくて
うちにハ 和泉
くすりやハ
はんじやうで
人の 山城
かんぶつものハ
うれるから
ねあげを 信濃
"		

		
"流行はしか
国づくし 下
すこしもよいと
がまんして 隠岐
はしかハ
老人にハ
ない 若狭
たいぶ
しにんが 近江
あんまり
きうだと
しにめに 淡路
おもてむき
たぜないとむ
らいハないそうで 下総
いくつとふつたと
いふとむらいの 上総
かごやハミな
ではらいで
内にハ 伊豆
このせつ
なにじやう
ばいでも 志摩
ぼていあきん
どハ
うれない
からきい 紀伊
やみあがりに
いろごとを
すると 美濃尾張
あけがたの
とむらいハ 陸奥
また
とむらいに 壱岐
なかにおもひ
のハ
めも
あてられない 肥後
かるいのハ
めでたく 大隅
おあんじでない
いまによい 土佐
{複雑な構成につき、以下略}
{野暮台詞略す}"		

養生 N011

はしか能毒心得草

文久2年(1862) 27×41

		
"はしか能毒(のうとく) 心得(こころえ)草(ぐさ)
{上段}食してよろしき物
一大こん、ゆず、やきふ、とくなし
しよくすべし
一うんとん、すこしハくるしからす
一ふき、すいきを下しはやくかセる
一くろまめ、ぶどう、けんきをおきなひ
ねつをさまし
一あづき、ねつとくを下しうちを
そんせす
一ごぼう、大ひにげんきをましはやく
する
一たんぽぽ、うど、なかいも、おかねるニ
よし
一大むぎ、病人つねにもちひて
よし
一しろうり、とうくわすいきを下して
よし
一にんじん、かんひやう、ちさ
かまひなし
一しじみ、ねつをくだしてよし
一なし、くるしからず
一いんけんまめぜんまいしよくしてよし
一くずかたくり大いによし
一ミそしるかうのもの、さつまいも
よし
一と■([欠損])ろ、こんぶ、おほろこんぶ
一かうやとうふほしかぶら
一はしか目に入たる時の妙やく
せついんのむしを二ツにわりそのしる
をとりて目の中へさしてよし
一同ないこう大妙やく
セんさんかう かきがら此二味ハ火ニてやき
こうくわ セんきう 大わう
かんざう
右六味セんじ用ゆへし
一同かゆミをとめるくすり
くろ ちんび 大むぎ かんぞう
しやうが
右せんし用ゆべし
{下段}しよくしてあしきもの
一あを梅をしよくすれバはしかの
うちへいり男ハりんびやうをんなハ
ながちしうちとなる
一竹の子▲もも▲ねつをうごかしはら
いたみいのちあやふし
一れんこん▲こんにやく▲うちへ入いのち
あやふし
一きうり▲なんきん▲せり▲ミつば
しよくすれハなおりてのちちうふう
となり
一ごほうあふトゑりはら下り
てとまらす
一とうふ▲きしず▲きをとしてづつう
となるなり
一ねぶか▲ねつをうこかしたんおこる
一くわゐ▲大にげんきおとろへ山あからす
一なすび▲目に入がんびやう又ハてんかん
となる
一さといも▲ずいき▲しよくすれハかたくなる
一かちぐり▲しゐ▲せうべんつまりはらはり
ちやうまんのごとくなりいのちあやふし
一こセう▲たうからし▲其外からき物ハろし
一そば▲そうめん▲わろし
一たこ▲しよくすれハはら大ニいたむ
一するめ▲かゆかり山あけることおそし
一どぜう▲うなき▲なまつ▲ふな▲このほか
川うをるいすべてわろし
一はまぐり▲さざへ▲田にし▲かひるいハろし
一いわし▲かづの子▲たら▲うミくさのるい
そのほかせくろきうをハ大ニわろし
一かまぼこ▲てんぷら▲たまこごくわろし
一す▲さけ▲もち▲三七日いむべし
一なたまめ大どくこれをしよくすれハしす
ミそつけさとうつけニても一ケ年ハいむべし
ぼうじだいいちにつつしむべし
なをもれたるハいしにたづねてしよく
すべし
右(ミぎ)ハ京都(けいし)典薬頭(てんやくのかミ)より諸人(しよにん) 助(たすけ)のため触出(ふれいだ)されしを聞伝(ききつた)へ
候侭(まま)世上(せじやう)ニ告知(つげし)らしめ災(わさハ)ひを免(まぬがれ)んかため板行(はんかう)せしむ"		

養生 N012

武鑑の戯文(仮)

不明 19.5×25.5

		
"{上段}狐狼狸家本国無闇
神代国常立尊
七代之後胤素
盞雄尊病疫
全快ノ為成卿
末孫芳香散
ノ長男
桂枝―益知―乾姜―細末―調合―
{中段}まんぢうの
七ツむめ
安政五年 家督
狐狼狸行之守死安
内室 昼夜泣居卿 娘
御着 八月上旬
御暇 九月下旬
{指物の説明}竹の皮なげざや
わりばし十の字
かるはん
押紋
たらい
御嫡
狐狼狸去之進
献上
香典金 ろうそく
五種香 長尺せんかう
纏
{下段}御苦労
大家世話四郎
長家行司
日雇太儀
穴堀昼夜
夢外太郎
用人
日比野葬送
高井棺弥
川井惣太
御使
しら瀬喜太郎
驚入之進
八宗派 諸院山 大徳寺
高 十五万余人 道法 江戸ヨリ四方
御治世以前慶雲二年疫レイ流行康平四年
疫レイハヤリ天文三年疫レイ流行安永二年
疫レイハヤリ人参下サル今安政五年八月暴潟
病ハヤリ以後芳香散ヲ以末代迄禁之
上やしき御寺町 中小塚原 下桐ヶ谷"		

養生 N013

御触書之写

不明 23×29.5,23×30

		
"薬用(やくよう)其外食用(しよくよう)等まても行届(ゆきとどき)候様町役人とも
厚(あつ)く世話為致尤薬代(やくだい)並ニ薬(くすり) 煎(せん)じ方等取扱(とりあつかひ)候
もの手当之儀別段(へつたん)御出労(しゆつろう)を以相渡し候筈(はつ)ニ付
差向(さしむけ)候入用は町入用を以立替(たてかへ)置追て(おつて)名主支配(しはい) 限(かぎり)
入念(ねんいれ)取調(とりしらべ)書出候様可致
右之通り申渡候間組々並ニ番外行事持之
場所(ばしよ)ニ至迄不洩様(もれずよう)早々可申通
御仁恵(じんゑ)之御主意(しゆい)行届候様其方とも重立(おもたち)
精々(せいせい)世話可致
戌七月
右之通被仰渡奉畏(かしこまり)候為後日仍如件
戌七月二十九日
世話掛惣代
宇田川町
名主 弥兵衛
   外二人
右之通南
御番所於御白洲被仰渡候事 "		

養生 N014

御触書之写

不明 23×30,23×30

		
-		

		
{画像裏返しに付き、判読不可}		

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